私的な話題で恐縮だが、当該マンションは10月から大規模修繕工事に入った。おそらく三年前の東日本大震災がきっかけなのだろうが、此処は山手通り(環状六号線)に面しており、地震に際して建物が山手通り側に倒壊でもしたら大変な交通障害になるとかで、耐震補強工事を行うようにとの御上(国交省)の命令が下ったのである。もちろん、工事費用の大方は国や東京都から補助金が支給される。
ついてはこの際、建物の化粧直し(大規模修繕工事)もやってしまおうとなったわけ。当然ながらこれは全額自己負担。戸数の少ないマンションだから借金することになり、管理組合の理事長を務めている関係で住宅金融支援機構(昔の住宅金融公庫)へ出向いたりもした。
そんなことはどうでもよいのだが、いざ始まってみると、工事の邪魔になるBS・CSアンテナは撤去。復旧は工事完了後(来年3月)、という。つまり、半年間はBS・CS放送が視れないことになる。もはやお目当ての『鬼平犯科帳』は粗方録画したしぼちぼち飽きもきているが、視れないとなると、無性に視たくなるのが人情。そこで交渉の上、我がベランダ工事時には、いつでも撤去出来るようアンテナをベランダ内に移設した。この場合、工事用足場に遮られて受信レベルが通常よりやや低下するものの、問題なく視聴できる。
さて、その『鬼平犯科帳』をまたぞろ持ち出そう。四代にわたる鬼平ドラマを視るうちに、ガラにもなく原作を当たってみたくなった。2クール全91回にわたるオリジナル版(松本幸四郎;'69'~72年)では放送されなかった物語が、後年のリメイク版にはあるからだ。
どうせ本棚に飾っておくだけで終わるのがオチだろうと思い、紀伊国屋で文庫本24冊中最初の10冊だけ買い込んだ。同時に、この歳(67)で小さな文字を読むのは辛いゆゑ、リーディンググラス(早い話が“老眼鏡”)まで購入せしめた。余事ながら年齢的にはもう度数+3.0ぐらいのはずだが、近視経験者ほど逆に健常者より度が進まないそうで、老眼鏡初心者用の+1.0でちょうどよかった。
話を戻すと、原作本を手にしてわかったことだが、初めてテレビドラマ化された1969年(昭和44年)の段階では、原作の小説自体が未だ連載中(昭和42年~平成元年未完)だったのである。因って、オリジナルの松本幸四郎版では、放送数に原作話が追いつかず、他の池波正太郎作品から流用した放送話もあるらしい。
更に、これも原作本を読むうちに思い至ったのだが、視ての通りが全ての映像作品と違って小説は、文字情報だけが頼りだから、文字にない隠された部分の想像が幾らでも膨らむ。子供時分に聴いたラジオドラマも聴覚だけが頼りだったから、ちょうどこれと似た印象がある。
四代にわたる鬼平TVドラマについて、後年になるほど劇中に身を委ねられなくなってしまう理由がわかった気がする。というのも、オリジナル版は、映像を視ればわかる台詞などは極力カットされ、物語の展開に不必要な登場人物や場面も殆どない。つまり、視聴者の想像力を掻き立てる余地が残してあるのだ。ところがリメイク版は、年を重ねる毎に不必要な場面や登場人物が次第に多くなって総花的であり、何でも台詞(ナレーションを含む)で語らせるから諄いし、劇の進行も散漫なため物語のキモ(核心部分)が霞み、何が言いたいのか判然としない。
例えば記念すべき第一回放送作品『血頭の丹兵衛』は、全てのリメイク版に存在する。原作では小房の粂八が密偵となる経緯が綴られた物語である。
しかし、先述とは矛盾するが、初代鬼平の松本版①と二代目丹波版②では、原作にない丹兵衛一味の人斬り浪人夫婦(山本耕一・亀井光代①、垂水悟郎・八木昌子②)が登場する。そして粂八が密偵になる経緯より、むしろこの二人にスポットライトが当てられる。病弱な妻のため、意に反して薬代稼ぎの人斬り稼業に身をやつす浪人の葛藤と自分のせいで悪業に手を染める夫を案じる妻志乃。同じ女の立場から、志乃を庇う鬼平の妻久栄(淡島千景①、小畠絹子②)がこれに絡む。いいなぁ、時代劇はこうでなくっちゃ。
原作に沿うという意味では、三代目萬屋版③、四代目中村版④のほうが忠実かも知れない。それでも、その後頻繁に登場する粂八(牟田悌三①、新克利②、藤巻潤③、蟹江敬三④)が密偵になった経緯など、私奴にとってはどうでもよいことである。
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