我が趣味として、旅行や音楽鑑賞のほかに、カメラ(写真・ビデオ・8ミリフィルム等)がある。とにかく子供の頃から機械弄りが好きで、仕組(内部構造)に莫大な興味があった。時計やラヂオ、果ては妹のお喋り人形まで分解しては修復できず、いつも壊していた。まぁ、理数系学科が赤点だらけだったわけだから、当り前である。
カメラも趣味には違いないが、オーディオほどの凝り性ではない。小学生時分、親におもちゃのカメラ(ピンぼけでもいちおう写る)を買って貰ったのがきっかけ。今でもその写真がアルバムに貼付されている。大学時代は「視聴覚実習」が必須科目だったこともあり、写真現像から16ミリ映写技術まで一通り教わった。
それで最初に買ったカメラが、名機の誉れも高い一眼レフカメラ・アサヒペンタックスSP(スポットマチック)。撮った写真はDPE(写真店)に出すことなく、もちろん自ら現像した。ただし、自宅に現像設備などないので、大学内の現像室および備品をちゃっかり拝借していた。
アサヒペンタックスSP(昭和39年)
懐かしいなぁ、“ペンタックスおじさん”。このCMに釣られて買ったわけじゃありません。
アサヒペンタックスSP(昭和40年代)
こちらのCMは、三本とも記憶にないなぁ。カラー映像だし、おそらく昭和40年代後半のCMなのだろう。その頃は新入社員のペエペエだったから、仕事に追われてテレビを視る余裕などなかった。
我が愛機の活躍期は、昭和40年代まで。登山が好きで山歩きには必ず携行した。一眼レフ中当時の最軽量カメラで結構重宝だった。55ミリ標準に加え、200ミリ望遠レンズも抱えて。この頃、ズームレンズがあったかどうか知らないが、たとえあったとしても高価で買えなかった。なお、ペンタックスのマウントは独特で、スクリュー(ねじ込み)式。カシャッというシャッター音とその際のミラー反転振動が手に伝わってきて、メカ好きには堪りませんでしたね。
昭和50年代に入ると、昭和52年夏に組合のハワイ旅行で初めて外国へ出たが、記録映画の監督を仰せつかり、エルモの8ミリカメラを買う(自費)ハメに。8ミリの場合、撮るより編集するほうが愉しかった。本物の映画監督になった気分。8ミリカメラは時代の流れに抗しきれず、すぐビデオカメラに取って代わられた。
そこで、海外旅行のお供はビデオカメラと相成ったわけ。最初がビクターのGR-C1(VHS-Cムービーカメラ)。
ビクター GR-C1(VHS-Cムービーカメラ)
YouTube動画は新品同様みたいだけど、我が愛機は酷使したためボロボロ。いちおう動くと思うが・・・。これで撮った中国・台湾旅行(1980年代)の映像は、後年デジタル化してDVDメディアに移し替えてある。その後、S-VHSカメラを経てソニーのHi8やDVに買い換えた。写真カメラのほうは、勤め先の系列企業だったキャノンのAPSカメラIXYを愛用していた。それも今世紀に入って三菱系と合併したため、現有コンデジはニコンのP330。
液晶モニターが付いてる分、最近のデジタルカメラ(含;デジタルビデオカメラ)はファインダーがないんですね。それをミラーレスというらしい。上記P330も、カメラにファインダーは付き物と思い込んで買っただけに、ファインダーレスには面食らってしまった。ファインダーを覗きながら撮るのに慣れた世代としては、ファインダーがないと不安で仕方がないのですよ。
そんなわけで、目下ファインダー付デジタル一眼レフを物色中。狙いはニコン1V3の後継機種。来春発売の予定とか。
各社デジタル一眼レフ(含;ミラーレス)カメラCM
どうでもいいけど最近のデジタルカメラは、昔の角ばったメカニカルな風貌が、だんだん女性的な流線型になってきてるようですね。カメラは「男のアイテム」。女性向けがあってもいいけど、どれもこれも女性的になったんじゃ、なんだかなぁって感じですな。
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