実家へ帰っていたため、暫くのご無沙汰でした。
ドア解錠に際し、私は「ありがとう」とたった一度だけ小声で言いましたが、母からは何度となく「ありがとうね」と言われました。弟と同居とはいえ、年寄りは心細いのかもしれません。居るだけで「有難い」様子でした。しかし、実家ではすることがないんですよね。母にとっての私は、いつまでも子供ですから、至れり尽くせりです。困ってないと言っても小遣いを渡そうとします。衣類を持って帰れと言います。むげに断るのも悪い気がして、三度に一度は貰いますが、これも親心なんでしょうね。
ところで、『教育勅語』の中身に触れたのは十年ほど前、と思い込んでいたのですが、実は学生時代にちゃんと教わっていました。当時のテキストが出てきたのです。いかに勉強を怠けていたかがバレちゃいました。記憶は案外、当てになりませんね。そのテキストとは、当時、教職課程主任だった赤堀孝教授「道徳教育の研究」です。『教育勅語』や「修身」部分の記述は、時代の要請で仕方がなかった、とどちらかといえば否定的に捉えてあります。忘れていたのも道理です。そんなことを信じたくなかったからでしょう。
それに、二冊の面白い本を発見しました。
・「兵隊さん物語」(相原ツネオ:昭和四十四年刊)
・「この警鐘は鳴りやまず」(笹川良一:昭和五十六年刊)
いずれも自分で購入した覚えがないので、父が遺した物と思われます。両方とも絶版で、四五千円の高値がつく貴重品です。父の所蔵本には、「皇室」「軍記」や職業柄「航空物」が多い。
相原ツネオは父と同年生まれの漫画家で、同書は兵営生活の一部始終を図解入りで子供向けにわかりやすく解説してあります。私にとっての笹川良一は、「三悪追放」の菅原通斉と長らく混同していました。学生運動華やかなりし頃、「世界は一家、人類みな兄弟」と唱えるCMを見て、売名行為・偽善者と映ったものです。
両書とも、「教育の在り方」を考える上で、示唆に富むように思われますので、追々触れてみようと考えております。
2007年1月3日(水)の記事
コメント