米国や日本よりハッキリと「中国離れ」を宣言
イギリスが中国に対し次々と強硬策を突きつけているワケ
1/28(土) 9:16配信/プレジデント電子版
■「英中関係の“黄金時代”は終わった」
2022年は英国政界にとって激動の1年だった。ロックダウン中に首相官邸でパーティーを開いたボリス・ジョンソン首相の退陣後、故エリザベス女王に任命された最後の首相となったリズ・トラス首相は史上最短の49日間で解任。その後を引き継いだリシ・スナク首相は、英国憲政史上初めてアジア系のルーツを持つ首相として大きな期待をもって迎えられた。
スナク氏はジョンソン政権時代に財務相を務めただけあり、経済問題への取り組みは期待されたものの、外交姿勢は未知数という声が高かった。ところが昨年11月、初の外交方針演説で、「英中関係の“黄金時代”は終わった」と述べ、中国とは距離を置くとの考えを鮮明にした。
保守党が従来続けてきた親中外交の既定路線を否定してまでなぜ中国に牙をむくのか。スナク首相がここまで急転換したのはなぜか、その思惑について考えてみたい。
■政府庁舎に「中国製カメラ」の設置を禁じる
スナク首相については、もともとトラス前首相よりも穏健派と理解する向きが多い。トラス氏は中国を「英国にとって脅威な存在」と断定したが、スナク氏は中国との経済的な結びつきを重視し、融和的な姿勢をとってきた。それが「黄金時代は終わった」と言い切ったのだから驚きだ。
外交方針演説では、「英国の利益と価値観に挑戦する中国政府の組織的な動きが、いっそう激しくなっている」と指摘。香港や台湾に対する締め付けを念頭に「英国の対中アプローチを変える必要がある」と述べ、今後は外交姿勢の方向転換を図るとの意欲を示した。実際に昨年11月には、政府庁舎などに中国製監視カメラの設置を禁じるよう命じ、中国企業の反発を呼んだ。
非営利団体「ビッグ・ブラザー・ウオッチ」の調査によると、英国では公共団体の大半が、メーカー大手の杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)と浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)のいずれかの監視カメラを使っているという。政府は安全保障上のリスクがあると説明している。
■中国を「英国の敵対勢力」と表現
また同じく昨年11月、中国・上海でロックダウンに対する抗議デモを取材していた英公共放送BBCのエド・ローレンス記者が警察から暴行を受け、一時拘束された事件が起きた。スナク首相は当局の対応を非難したほか、中国政府の弾圧についても市民らを支援する姿勢を見せた。
スナク首相は中国を「英国の敵対勢力」と表現し、「われわれの価値観や利益に対して課題を突きつけており、中国がさらに大きな権威主義に向かうにつれて、より深刻になっている」と指摘。「長期的な視点を持って対抗する必要がある」と、中国に手ぬるい姿勢はとらないとの立場を明らかにした。
こうした動きから感じとるに、英国として、対中関係において気遣いも忖度もなく「嫌いなものは嫌い、嫌なものは嫌」というスタンスをとっている。言い換えると、中国の顔色を伺いながら外交姿勢を決めざるを得ない国々の姿勢とはまったく趣が違う。
では、「黄金時代」とはいつのどんな状況を指すのか。筆者は2008年の夏から英国に住んでいるが、その間、英中関係にどんな動きがあったのか、改めて記憶をたどってみた。
■チャイナマネーがどんどん流れ込んでいたが…
2008年夏に開催された北京五輪の閉会式で、当時、ロンドン市長の職にあったボリス・ジョンソン元首相が次期開催地として五輪旗を北京市長から受け取った。当時の英国政府は、五輪を引き継ぐ国・英国として積極的に中国でPR活動を実施。おりしも中国国民全体の所得水準が上がる時期と重なったこともあり、中国人富裕層の子息が一気に英国留学に向かったのもその時期だ。
2010年5月の総選挙で労働党のブラウン政権が倒れ、政権交代で生まれたキャメロン保守党政権は、対中接近をさらに明確にした。時を同じくして、当時ロンドン市長だったジョンソン元首相は中国資本のデベロッパーとの大規模不動産開発計画をぶち上げ、新しい街を作ると発表した。
一方、金融面では2014年、人民元取引の決済銀行(クリアリングバンク)がロンドンに設立され、オフショア人民元取引の拠点に。このことが人民元の国際化を後押しする格好となり、2022年にはオフショア人民元取引高でロンドンは香港に次ぐ地位につけた。
ただ不動産開発に関しては、ロンドンの予定地が計画発表からおよそ10年を経た現在、建物が一部完成したものの誰も入居せず空き家状態となっており、計画は事実上頓挫している。こうした状況にロンドン市民からは不満の声が続出していた。
■香港の民主化デモをめぐり関係に亀裂
黄金時代を築いた保守党党首の立場であるにもかかわらず、スナク首相は対中宥和姿勢を真っ向から否定した。それほどまでに彼を突き動かす原動力はなんなのだろう。
英国では、中国の習近平政権による「権威主義の過激化」が進んでいると理解されている。例えば、高級紙ガーディアンは、「中国の警察当局が目下行っている、不服従な市民への封じ込め対策は武力行使を伴っており、過去数十年で最も厳しい」と指摘。実際に、英国国民の多くは「中国に対して、政府はもっと強気に出るべき」と考えている。
権威主義を象徴するものといえば、香港の民主化デモに対する中国政府の過激な取り締まりが挙げられる。英国では2021年から、香港返還以前に生まれた市民を対象に、英国へ移住しやすくなるようビザの受け付けを始めた。中国が“一国二制度”を一方的に破棄したとみなす英国と、香港からの「逃げ道」を作っていると考える中国との間で、大きく亀裂が入ったことは言うまでもない。
スナク首相はインド系の血を引くが、もともと中印関係もヒマラヤ山中での国境線で小競り合いを繰り返しており、「中国は不快な相手」という深層心理がどこかにあるのかもしれない。
■水際対策を撤廃後、中国だけを狙い撃ち
スナク首相の中国に対する冷たさは、新型コロナの水際対策にも顕著に表れている。中国は昨年末、ついに「ゼロコロナからの脱却」へと大きく舵を切ったが、その感染状況については世界保健機関(WHO)さえも、リアルタイムかつ具体的な情報を定期的に共有するよう要請を出しているほどで、実際のところは誰にもわからない。
そのことを懸念したのか、英国政府は昨年12月30日、中国からの渡航者に対して入国制限を行う方針を各国に先駆けて表明した。水際措置は半年以上も前に撤廃されているので、中国を狙い撃ちした形だ。
内容は、「中国本土からの直行便の渡航者に出国前2日以内の検査を義務付け」と、「搭乗前に陰性証明の提示を求める」といったものだ。
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12月30日付、中国からの渡航者への要請
・中国との間で、包括的なコロナに関する情報が共有されていないため、中国からの入国者に特化してこれらの措置を導入すると決定。
・入国条件の適正化については引き続き検討中であり、英国は次のステップについて中国と協働。
・情報共有と透明性の向上に改善が見られるならば、一時的な措置を見直す予定。
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特に筆者の目をひいたのは、3つ目の「情報共有と透明性の向上に改善が見られるならば」というフレーズだ。
■なぜ中国に強く出ることができるのか
英国政府はコロナ問題のみならず、中国を取り巻くあらゆる問題について「情報共有がない」「透明性がない」と考えている、と強く感じたからだ。各国政府が中国の動きにどう対応すべきか手をこまねいている中、国民の目に触れる政府の公式文書の上で、中国に対する考えをこうして明確にした姿勢に筆者は大いに溜飲を下げた。
英国は米国や日本と比べて、中国を堂々と批判しやすい側面がある。香港問題で「中国政府のやり口は許せない」と断罪しても、そもそも中国との物理的な距離が遠いので地政学上のリスクが少ない。
中国ビザは、国籍ごとに申請料が違うのだが、従来から英国籍者向けビザの料金は他の欧州国籍者向けと比べて1.5倍と高額だ。1回入国できるシングルビザでも申請料などで総額217ポンド(約3万5000円)もかかる。ちなみに、米国民向けはビザ代がさらに高いところからみても、英米両国の人々は中国にとって「歓迎しかねる人物」なのかもしれない。
■スナク首相の本当の狙いは
スナク首相の過去1年にわたる対中姿勢は、「一貫性のないものだ」と評価を下げる人もいる。しかし、他国の首脳がさまざまな形で中国への擦り寄りや忖度を重ねて自国の利益を守ろうとする中、強い言葉をぶつけて自国を守ろうとするスナク氏の姿勢は本来、評価されるべきものだろう。
発言内容はどうあれ、スナク氏の最も大きな目的は「いかに中国の”本性”を引き出すか
」ではないかと筆者は考えている。あえて強硬な姿勢を示すことで、中国政府の反発や報復内容を引き出し、いずれは国際的に孤立させることを狙っているのではないか。
スナク首相はこのほど、ロンドンを訪れた岸田文雄首相と共に「円滑化協定(RAA)」を結ぶと発表した。120年前に結ばれた日英同盟が復活との声もあり、対中政策で日英がどんな連携を進めるのか、その意義と展開をしばらく注視する必要がありそうだ。
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さかい もとみ(ジャーナリスト)
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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コメント総数;386件
一、なかなか面白い分析だと思う。
特に英国は中国と地理的に離れているので地政学リスクが低いため日米よりも強硬策に出やすいとする分析には頷ける内容だった。
この英中関係を別の側面から分析してみると尚更面白いと思う。例えばこの記事の中でも触れられていたが政府庁舎内に中国製監視カメラの設置を禁止したことのように、インテリジェンスの分野からの分析も面白い内容になりそうだ。ご承知の通り英国はファイブアイズの一員であり優れた情報機関であるMI6やMI5、GCHQなどが存在している。このような情報機関が中国について警鐘を鳴らしたから英国の対中政策が大幅に変わったという側面もあると考えられる。
いずれにせよ英国のインテリジェンス能力の高さとその活用力には到底日本は及ばない。インテリジェンス能力を上げて政策決定にインテリジェンスを活用することが求められている。
二、刺激をしない事が紛争や戦争を防ぐと言う考えを持っている人が日本にもまだ沢山居る様ですが、長い歴史を見るとこの考えこそが戦争を誘発して居る事が良く判ります、今回の侵略ももっと刺激をしていれば怯んで諦めた可能性が有ったと思う、イギリスのこうした刺激も怯ませる方向に向かっていますので正しいと思う。
三、『「いかに中国の”本性”を引き出すか」ではないかと筆者は考えている。あえて強硬な姿勢を示すことで、中国政府の反発や報復内容を引き出し、いずれは国際的に孤立させることを狙っているのではないか』。
大賛成。日本もこれぐらいやってもらいたい。党の幹部を養成する中央党校元教授の蔡霞氏が党を「マフィア」と言っていた。日本は英国よりも本性を知っている。
国際社会で生きていきたければ、国際ルールを守るべきで、それができなければ出ていくしかない。
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プレジデント社はビジネス誌出版社である。そのため、このレポートも経済から観た英中関係といった側面ばかりが目立つ。その道の〝専門家″にありがちな我田引水や牽強付会があるやも知れぬ。寄稿者に好からぬ意図があるとは思えないが、レポートを鵜呑みにせず、自分自身で考察してみるのが賢明だろう。
今日の国際情勢を俯瞰するとき、自分もそうだが文明・文化論を闇雲に持ち出したがるクセがある。しかし、「文明」も「文化」も元来の日本語(大和言葉)には無かった語である。その証拠に、訓読みが無いではないか。少なくとも近世以前の先人たちには与り知らない言葉だろう。おそらく、西洋言語の訳語と思われる。
【文明】-civilization-
人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態。
特に、宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な文化に対して、技術・機械の発達や社会制度の整備などによる経済的・物質的文化をさす。
[civilization]
知的、文化的、物質的に発達した社会の状態。
【文化】-culture-
① 人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。それぞれの民族・地域・社会に固有の文化があり、学習によって伝習されるとともに、相互の交流によって発展してきた。カルチュア。
② ①のうち、特に、哲学・芸術・科学・宗教などの精神的活動、およびその所産。
物質的所産は文明とよび、文化と区別される。
③ 世の中が開けて生活内容が高まること。文明開化。
多く他の語の上に付いて、便利・モダン・新式などの意を表す。
[culture]
受け継がれてきた社会の行動様式、思想、芸術、制度などの総体で、特定の時代や地域の名前と共に用いられることがある。
自分は世の中(人間社会)を観るとき、『古事記』に倣ってシラス(悦服統治)とウシハク(屈服統治)に大別することにしている。前者を利他社会、後者を利己社会と言い換えてもよい。
【シラス】-知らす・治らす統らす-
万物(含;人間)を自然界全体の共有財産と見做す考え方
→互助互譲互恵型分ち合いの利他社会
[利他]
① 他人に利益となるように図ること。自分のことより他人の幸福を願うこと。
② 〈仏教語〉人々に功徳・利益を施して救済すること。特に、阿弥陀仏の救済をいう。
【ウシハク】-主履く-
万物を主(あるじ)の私有財産と見做す考え方
→弱肉強食型奪い合いの利己社会
[利己]
自分の利益だけを考え、他人のことは顧みないこと。我利。エゴ。
利他が仏教的慈悲心、キリスト教的アガペー(神の人間愛)に通じるとすれば、利己は仏教的餓鬼・畜生、キリスト教的サタン(悪魔;原意「敵対する者」)の所行に近いのではないか。尤も、シラスの利他は統治者(為政者)としての思想だから、被統治者(一般庶民)にはそこまで高次元を求められているわけではない。要するに、他者への思い遣り・気遣い・惻隠(憐憫)の情といった心情を失わない程度のことだと推察している。これを巧く言い表した言葉が、《武士は相身互い》ではなかろうか。
【武士は相身互い】
武士同士は同じ立場であるから、互いに思いやりをして助け合わねばならないということ。また、そのような間柄。
「武士」を「夫婦」「兄弟」「朋友」「国家」「仲間」「業界」「同志」など、あらゆる形態に言い換えることが出来る。究極は「人類(人間)」に置き換えてみるとよい。これを妨げているのがウシハクである。つまり、ウシハクこそが〝全人類の敵″というわけ。
なぜなら、ウシハクには利他が圧倒的に欠乏しているからにほかならない。なるほど、誰からも嫌われるわけだ。
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