年末年始にかけて、『チャンネル桜』のYouTube討論番組を視ていて憂鬱な気分になってきた。何でも特亜三国(中国・韓国・北朝鮮)がつるんで日本解体(侵略)を謀っているのだとか。確かにそうした臭いを嗅がなくはないが、危機の煽りすぎではないかとも思う。
昔のように武器で相手を殺し合う殺戮戦争というより、今日では情報(思想)・金融・経済戦争と言った側面が強い。従い、欲望がないほうが最終的勝利者(国家)となるに決まっている。西郷どん曰く「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難をともにして国家の大業は成し得られぬなり」から推量すればそういう結果になる。つまり、如何なる脅迫や甘言にも動じないからである。決まって討論でヤリ玉に上がるのは、金銭欲・色欲・名誉(地位)欲などに目が眩んで篭絡させられた連中(日本人)ばかりであることからも証明出来る。
以上は前置に過ぎない。この問題(特亜三国)への対処法がないわけでもない。塚原卜伝の「無手勝流(戦わない)」で臨みさえすればそれでよい。『チャンネル桜』は、【戦後レジーム(体制)=東京裁判史観=悪】という現状否定の立場のようだ。世の中が真逆なのだから当然だろう。但し、政治思想を保守・革新の二分論で考えると、(戦後)体制打破を目指すのに「保守」を名乗るのはおかしい。レジームチェンジ(政権交代)は野党(概ね革新系)の専売特許のはずだから。おそらく、総てでないにせよ【戦前回帰】の主張だと思う。サヨクはこれを「保守反動」と呼ぶ。まあ、保守には〈守るために変革する〉側面があるのも事実ですけどね。
話が逸れたが、討論自体が悲観論に偏り過ぎていると言いたいわけ。批判の対象は政治家・官僚(役人)・財界人・労働団体・マスコミなどで、国家主権者たる一般国民はカヤの外(称賛も批判もない)。つまり、飽くまで討論参加者の個人的見解に過ぎず、少なくとも【万機公論に決すべし】の議論ではない。つらつら思うに、歴史的に観ても我らの祖先は、楽天的かつ享楽的な側面が強かった気がする。
で、急に想い出したのが日本統治時代に作られた台湾(「中華民国」ではない)の歌。詞も曲も日本人の作だが、ポルトガル語で”イラー・フォルモサ(蓬莱の宝島)”と呼ばれた台湾を見事に表現していて、踊りたくなるほど陽気な歌である。
樂土臺湾(台湾楽しや)-昭和17年
作詞;辰巳利郎/作曲;山川康三/唄;胡美芳?
歌詞二;
台湾眞是做好地方 迷人的蓬莱島
南風陣陣吹來 田裡秧苗油綠綠
人人衣食豊食 家家享天倫樂
無論男女老幼逢人笑哈哈
台湾眞是做好地方 迷人的仙人島
原詞(↓)
一、揺れるひかりだ 緑の風だ
南風そよ吹きゃ 豊かな穂波
米は二度なる 甘蔗は伸びる
名さへ蓬莱 寶島
台湾楽しや 良い所
二、茂る樹梢だ 雲呼ぶ山だ
樫は交えて 阿里山檜
楠の香りに 小鳥の歌に
山で斧ふりゃ 気も晴れる
台湾楽しや 良い所
三、招く南だ 珊瑚の海だ
島で育てば 海こそ我が家
椰子の港に 出船の銅鑼を
叩きゃ血も湧く 腕もなる
台湾楽しや 良い所
四、仰ぐ新高 御稜威の空だ
見よや輝く 世紀の夜明け
御代を称える 六百萬の
歌で拓こう 島の幸
台湾楽しや 良い所
公用語が日本語だった頃の歌謡曲だから、もともと漢語歌詞はない。つまり、「歌詞二」は戦後になって改詞されたものと思われる。
そう言えば、マルコ・ポーロも『東方見聞録』で”黄金の島ジパング(日本)”と伝えてませんでしたか。中世・近世の欧州人にとって、日本や台湾は、「夢の楽園」として憧れのマトだったんですね。それに比べると、特亜・・・。おっと、止めておこう。
マルコ・ポーロの伝えたジパング
・ ジパングは、カタイ(中国大陸)の東の海上1500マイルに位置する独立した島国であり、莫大な金を産出すること、また、王の宮殿は金できており、人々は礼儀正しく穏やかであることや、埋葬の方法は火葬か土葬で、火葬の際には死者の口の中に真珠を置いて弔う風習がある、といった記述がみられる。
・ モンゴルのクビライがジパングを征服するため軍を送ったが、暴風で船団が壊滅した。生き残り、島に取り残された兵士たちは、ジパングの兵士たちが留守にした隙にジパングの都を占領して抵抗したが、この国で暮らすことを認める条件で和睦して、ジパングに住み着いたという話である。
以上、~日本語版ウィキペディア~「ジパング」より
マルコ・ポーロが来日した記録はない。ゆゑに、【講釈師、見てきたようなウソを吐き】に近い事実誤認がありますな。
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