現役を退いてからはTV放送録画を趣味の一つにしているが、殆どが昭和40年代までのものばかり。今世紀に入ってからの作品も惰性(?)で録ってはいるが、単に録り貯めるだけで視ることはまずない。アナクロニスト(時代に取り残された者)としては、今風のスタイルに付いていけないからだ。特に時代劇は酷い。そもそも衣裳(着物姿)が全然似合わないし、所作から台詞回しまでこれ見よがしの「演技」丸出しで、正視に堪えない。
何故こうなのか。一つには、役者の体型が胴長短足の純日本風から西洋人並みに変わったこともあるだろう。しかし、何より生活習慣の激変が主因であるように思う。現代は洋服姿かつ西洋風食習慣に冷暖房の利いた室内で暮らすのが常態化している。つまり、「時代」が違うのである。昔は、時代劇役者なら普段から着物(和服)姿だった。役柄上、武家、商家などの古い作法もそれなりに心得ていた。だが、現代若手俳優は、マルチタレント(歌手兼俳優など)化が進んだせいもあって、逆に専門知識(?)に欠ける傾向があるのではないか。勢い、スタッフの言いなりに演技させられる。これぞ気のない「演技」の所以であろう。
ただ一つ例外がある。『山本周五郎時代劇武士の魂』(2017年/BSジャパン)がそれ。
・ 第一話『大将首』-「人情武士道」より
・ 第二話『晩秋』-「町奉行日記」より
・ 第三話『菊月夜』-「菊月夜」より
・ 第四話『山だち問答』-「やぶからし」より
・ 第五話『山茶花帖』-「雨の山吹」より
・ 第六話『五十三右衛門』-「ならぬ堪忍」より
・ 第七話『風車』-「人情武士道」より
・ 第八話『茶摘は八十八夜から始まる』-「一人ならじ」より
・ 第九話『野分』-「おごそかな渇き」より
・ 第十話『砦山の十七日』-「松風の門」より
・ 第十一話『金作行状記』-「艶書」より
・ 第十二話『失蝶記』-「日日平安」より
山本周五郎短編時代小説から所収されている。演技は視るに堪えないが、原作が良いせいか、物語の大筋はどれもよい。「武士の本分」を置かれた立場に応じて描いたもので、単なるチャンバラ娯楽とは大いに異なる。出来る出来ないは別にして、自分がその立場だったらそう在りたいと願うところがミソ。つまり、我が日本人の心情に合致するかのような作風なので、稚拙な演技や生活臭のなさはともかく、劇中に入り込み(感情移入し)易いわけ。
とりわけ、コミカルな第11話と「バカ正直」「クソ真面目」を肯定的に描いた第4話が大のお気に入りである。
『武士の魂』第11話・・・コマーシャル入り!(TV録画そのまんま無修正)
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