放送枠が異なるものの「用心棒シリーズ」終了後に登場したのが、同じ局(NET)の『鬼平犯科帳』(昭和44年)である。爾来、制作局(NET→フジ)・協力映画社(東宝→松竹)を跨ぎながら四代(松本幸四郎→丹波哲郎→萬屋錦之介→中村吉右衛門)に渡って今日まで続く長寿番組になった。ただし、ここで採り上げるのはオリジナル(松本幸四郎)版のみ。リメイク版もそれなりに愉しめなくはないし、特に吉右衛門版の人気は凄い。けれどもオリジナル版に比べたら、眠気を催す凡作としか映らない。
「用心棒シリーズ」よりは、適当に笑いもあって娯楽色が強い。それが長寿番組の秘訣かも知れない。だが同じ“笑い”でも、後年にありがちな作為に満ちた代物ではない。ついニンマリさせられる上品かつ洒落た笑いだ。そんななか、たった一つだけ、“泣かせる話”がある。いわゆる「浪花節的」作品というわけ。
・オリジナル(松本幸四郎)版『鬼平犯科帳』(NET系)
第53話「おせん」(放送日;昭和45年10月6日)
監督;小松幹雄、脚本;安藤日出男
「犯科帳」としての本筋は、性悪浪人斉藤弥四郎(草野大悟)が、商家から少額ながら強請り盗り歩くも、「鬼平」(松本幸四郎)の機転により盗品小判に目印があったことからアシがつき、捕縛されて島送りに遭うという物語。しかし、弥四郎が盗金で買った蹴転(けころ;私娼)のおせん(堀井永子)と弥四郎の母親おみね(原ひさ子)の奇妙な同居生活に焦点が当てられる。
弥四郎が捕まるなり女房おこん(水沢麻耶)は、別の男とくっつくために、義母おみねをおせんに押し付ける。はじめは厄介者を背負い込んだと思ったおせんだが、おみねの献身的な姿を見聞きするうち、次第に実母のように思えてくる。自身が天涯孤独な捨て子の境遇だったからである。そんな折、脱獄して潜伏中、酒井同心(竜崎勝)に見つかった弥四郎は、抵抗して斬り捨てられる。弥四郎の死を知らせるべく鬼平は、おせん・おみねが仲睦まじく開いた屋台へ出向くが、ついぞ言い出せなかった。
最後の場面、「鬼平」こと長谷川平蔵と酒井祐助同心の遣り取り。
酒井「如何で御座いましたか、お頭。」
鬼平「弥四郎のことか?言えなかった。言ってはならぬ真実というのもあるのだ。
二人はあれで充分幸せだ。幸せを壊してはならぬ。これでよい、これでよいのだ。」
オリジナル版の「鬼平」は、非道な盗賊には厳格だが、心ならずも罪を犯した根が真面目な人間への情状酌量や善良な庶民に対しては優しい。この硬軟両面の使い分けが見事である。その最たる例が第64話「女の一念」。
引き込み役盗賊藤七(納谷悟朗)の計略にかかって濡れ衣を着せられ、悪賢い目明かし鎌吉(和田文夫)に捕まった惣次郎(村井国夫)は、拷問に堪えかねて気が狂ってしまう。その意趣返しの一念に駆られた許婚者お伝(二本柳有希子)は、酔った鎌吉を包丁で刺し殺したうえ、藤七をも狙うが張り込み中の酒井らに制され未遂に終わる。
終結部分の「鬼平」裁き。
鬼平「お伝、そなた藤七を殺して何とするつもりだった?」
お伝「申し訳御座いません。」
鬼平「お前が惣次郎を想う気持はわからぬでもないが、人殺しは大罪、
お前が死罪にでもなったら惣次郎の行く末はどうなると思う?」
お伝「・・・。」
鬼平「う~む、そこまで考えが及ばなかったとでも申すのか?」
お伝「はい。」
鬼平「バカ者!子供にも劣る愚かな奴だ。
酒井、このような白痴気違いを取り調べてもどうにもならん。
早々おしま(平井道子;惣次郎お伝の寄宿先女将)の許に引き取らせろ。」
酒井「お頭・・・。」
鬼平「お伝、バカなお前に言っても分かるまいが、
鎌吉は酒に酔って川に落ちて死んだんだぞ。」
お伝「(涙を流しながら俯いたまま)・・・。」
鬼平「惣次郎の病は治るやも知れぬと医者も申した。
三人(お伝・惣次郎・おしま)して何時までも仲良く達者で暮らせよ。」
当該番組は目下TVK(テレビ神奈川)にて毎週月曜~金曜15時から再放送中。「おせん」の放送予定日時は11月17日(木)15時となっている。
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