11月中旬から、また三週間ほどチェンマイへ行く。定宿のウィークリーマンションは既に予約済み。昨日、飛行機の切符も購入せしめた。往路福岡11:40発・復路羽田22:30着のタイ国際航空(TG)ビジネスクラスオープンジョー航空券。諸費用込で¥149,585-。エコノミークラス普通運賃並の価格で行けて、何とも笑いが止まらない。
往路の羽田→福岡は、別途国内線で移動せねばならないが、当日連絡便が早朝発とあっては寝坊して乗り遅れた前科があるゆゑ、不安が付きまとう。そこで前日のうちに移動し、福岡で一泊することとした。その経費約2万円を足しても、羽田発着タイ直行便の約20万円より3万円ほど廉く上がる算盤勘定。利便性だけなら羽田発着便がいいに決まっているが、往路午前零時二十分発の深夜便が痛いところ。ほかの日系JALとANA両方とも、なぜか深夜便しか飛ばないのが何とも痛し痒し。若いうちなら寝てれば着く深夜移動も苦しうないものの、年寄りにはたいそう堪えるのですよね。
どうでもいいけど、フランク永井に『羽田発七時五十分』(昭和33年)という歌謡曲がありました。
☆ 羽田発7時50分 by フランク永井
映像も歌声も後年のもので、プロペラ機全盛の昭和30年代前半とはかなり様相が違ってますが、オリジナル盤は大ヒット曲『有楽町で逢いましょう』と同時期の発売。歌詞から想像するに、午前ではなく午後の夜行便がモチーフのようです。自分は当時小学四年生。亡父が運輸省航空管制官だったので、勤務先の大分空港(旧海軍大分航空隊跡;現大洲総合運動公園)へ遊びに行き、ひたすら飛行機の雄姿を見守っていたものです。すべて全日空のフレンドシップ機でした。福岡板付、松山経由大阪伊丹行きの二路線しかなかったように思う。
現大分空港は国東半島へ移転して大分市内から偉く遠くなってしまったが、以前は市内大津町にあった。付近の県営・市営住宅もそれに因んでか“大空団地”と呼んでいた。戦時中の海軍大分航空隊基地をそのまま流用していたから、傍に苔生した掩体壕なども残っており、住居に転用されていた。岩田町には掩体壕だけでなく廃墟と化していたものの、海軍弾薬庫も残っていたし、自分が住んでいた護国神社麓の牧地区は海軍接収区域だったらしく、大本営跡の防空壕でよく遊んだ。高城(たかじょう)地区は海軍零戦機の発動機工場があったところで、防空壕内に未だエンジンが幾つも転がってましたよ。
この海軍大分航空隊は由緒ある基地で、宇垣中将らによる“最後の特攻”が発進した基地として有名。
なお、今回旅程の飛行機はB787-800(羽田→福岡)、A330-300(福岡→バンコク)、B777-300(バンコク→チェンマイ)、A300-600(チェンマイ→バンコク)、B747-400(バンコク→羽田)と、異なる五種類の飛行機に乗れる。特に、蓄電池問題で一時飛行停止になっていたB787-800は初体験となる。
【 追 伸 】 - 9月18日(水) -
さきほど、タイ国際航空の日本語サイトを覗いたら、10月1日発券分から値上がり(エコノミー二千円up;ビジネス一万円up)するみたいですよ。値上がり前の金額でもう買っちゃったから、儲かっちゃった気分。まさか追徴金を取られたりしないでしょうね。
改訂版 TGスーパーディール・オータム(10月1日発券分より)
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