前稿イヤホン(ヘッドフォン)のことなどは、とうとうSE535LTDまで買ってしまった、と言わんがために書いた。ただ、IE80との比較において褒めちぎったので、貴奴もつひにシュアー派へ宗旨替えしたか、との誤解が生じたかも知れぬ。しかし、それは本意ではない。好みから言えば、今なお圧倒的にゼンハイザー派である。
二つのイヤホンを「音の傾向(つまり、鳴り方)」で比べてみたとき、少々大袈裟だが、アメリカ魂とドイツ魂の違いがよく出ているように思う。製品自体は、ともに中国で造られているにも拘わらず、なぜだか強くそう感じる。
“音の違い”をわかりやすく説明すると、SE535LTDが自身の存在を主張するかのような、メリハリが効いた派手な音色を「演出」するのとは対照的に、IE80はイヤホン自体を意識させることなく、記録された“音”をありのまま正直に引き出すという、脇役に徹した奥ゆかしい鳴り方をする。解像度や高・低音どちら寄りか、というイヤホン特性にも依るのだろうが、同じ音源で比較すると、前者が明るく賑やかに鳴る動的な響きとすれば、後者は明らかに落ち着いた静的な響きがする。従って、前者は長時間聴いていると聴き疲れる。音の洪水にお腹一杯になって飽きてくるからだ。
「音の傾向」はオーケストラにも顕著である。米国系楽団の奏者が自己主張の激しい競演型とすれば、独墺系の奏者は協演型と言えよう。実際、ウィーン・フィルのコンサートマスター氏は、別楽器に合わせて自己の奏法も変えている、みたいな話をしていた。音色の違いを喩えるなら、鏡面加工を施したかのように磨き抜かれた金ピカな響きが米国系楽団の特徴なら、独墺系はその正反対で燻し銀にしてわざわざ艶を消し去ったような渋くくすんだ響きがする。同じクラシックでも非独墺系なら、偶にはアメリカ風のピカピカもよかろうが、とりわけ内向的だったとされるシューベルトやブラームスに、これ見よがしの超厚化粧演奏では何とも具合が悪く興ざめである。
ドイツの指揮者ブルーノ・ワルターは先の大戦中、ユダヤ人であるがゆゑに愛する祖国を追われてアメリカ移住を余儀なくされた。音楽評論家故吉田秀和によると、他人を恨んだり憎んだりできないヒューマニストだったらしい。演奏にもその片鱗があって、フルトヴェングラーより遙かに好きな指揮者である。
その彼は、アメリカ移住後も祖国を懐かしみ、手兵の楽団にドイツ的な響き(具体的には“低音の強さ”)を要求したとか。言われてみれば、戦後のアメリカ録音も、他の米国系楽団とは一線を画してヨーロッパの響きを手本にした様子が窺える。米国系楽団特有のピカピカ感が気にならないし、意図通りに低域が強調されている。
結局、IE80をクラシック音楽のメインにしつつ、SE535LTDは気軽に聴けるポピュラー系の愉しい曲に特化することとした。せっかく話題にしたのだから、ワルターのブラームス交響曲第2番終楽章練習風景を視てみましょうか。埋め込みコードが使えないため、リンクを貼ります。
【追記】
IE80のブーミーな音質は、イヤーチップのせいだったことが判明。
製品付属のイヤピースが自分の耳にはどれも合わないので、仕方なく米国Comply社製のTx-500Lを使っていた。このチップには“耳垢ガード”と称する機能が付いていて、鼓膜に近い部分が皮膜で覆われている。実は、これがイヤホンからの直接音を多少なりとも遮るため、籠もったように聞こえていたのだろう。
因みに、お試しで買ってあった同社製T-400Lと取り替えてみたところ、耳垢ガードが付いてない分、音通しが良くなり、IE80本来のナチュラルなサウンドに変わった、というわけ。
イヤホン本体から観れば単なる付属品に過ぎないイヤチップ一つで、こんなにも音が変わるのか、と改めて驚いた次第です。
* Tx-500 *
http://www.comply.jp/products/Tx-500/
* T-400 *
http://www.comply.jp/products/T-400/
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