☆ 酒席の心得
大酒にて後れを取りたる人數多なり。別して殘念の事なり。先づ我が丈け分をよく覺えその上は飮まぬ樣にありたきなり。その内にも、時により、醉ひ過す事あり。
酒座にては就中氣をぬかさず、不圖事出來ても間に合ふ樣に了簡あるべき事なり。又酒宴は公界ものなり。心得べき事なり。
【 訳 】
大酒飲んで失敗した人は数多い。とりたてて残念なことだ。先ずは自分の酒量をよく知って、それ以上は飲まないようにしたいものだ。そうしていても、時によっては酔い過ごすことがある。
酒の座では何時も気を抜かずにいて、思いがけない出来事が起こっても、十分対処できるように考えるべきである。酒宴は、人目の多い晴れの場所だのだから、気をつけなければならない。
【 解 説 】
日本人の酒席の乱れは国際的に有名である。体力の差もあろうが、西欧社会では紳士が酒席で乱れて醜態を演ずるということは、許すべからざることとされ、一方ではアルコール中毒患者は世間から敗残者と見なされて、酒瓶を片手に持ちながら、アルコール中毒患者ばかりの集まる一角に、亡霊のように蹌踉と歩んでいる姿を見ることが出来る。
日本では、酒席は人間が裸になり、弱点を露呈し、どんな恥ずかしいことも、どんな愚痴めいたこともあけっぴろげに開陳して、しかもあとでは酒の席だということで許されるという不思議な仕組みが出来ている。新宿にバーが何軒あるか知らないが、その膨大な数のバーでサラリーマンたちが、今夜もまた酒を前にして女房の悪口を言い、上役の悪口を言っている。
そして酒席の話題は、ことに友達の間では、男らしくもない愚痴や、だらしのない打ち明け話や、そして明くる朝になれば実際は忘れていないのに、お互いに忘れたという約束事の上に成り立つところの、小さな、卑しい秘密の打ち明け場所になっている。
つまり、日本における酒席とは、実際は純然たるプライベートな場所ではないにも拘わらず、パブリックな場所で、人前でありながらプライベートであるという擬制をとるような場所なのである。人が聞いていても聞かぬふりをし、耳に痛くても痛くないふりをし、酒の上ということですべてが許される。
しかし『葉隠』は、あらゆる酒の席を晴れの場所、すなわち公界と呼んでいる。武士は仮にも酒の入った席では、心を引き締めて誡めなければならないと教えている。これはあたかもイギリスのゼントルマンシップと同様である。つまり『葉隠』が言っている裡には、これと反対の事例が、今同様如何に多かったかを証明するものでしかない。
自分の場合は超下戸ゆゑ、幸か不幸か酒に溺れることはありませんが、読者のなかには耳の痛い御方もいらっしゃるのでしょうね。
新入社員だった頃を思い出します。赴任先の所長からいきなり言われたことは、
この商売(生保営業)で、気をつけるべきモノが三つある。
酒と女と金(カネ)だ。
お前は、酒と金は心配なさそうだから女に気をつけろ。
果たして、酒と金で失敗することはありませんでした。だがしか~し、この言い付けを忠実に守った結果、未だに独り暮らしなのであります。
ありがとうございました。
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