自分には妻子がないので、家族については、ただ兄弟の絆しかわからない。夫婦の情や親の子を愛する気持を語れる人が、羨ましい。
明治43年生まれの父親を亡くしたのは、平成10年3月。カナダの親許で暮らしたのは、昭和4~17年の14年間だけ。召集令状が転送されてきて、再び日本へ。久留米連隊の二等兵として支那戦線に渡った、とのこと。親戚筋から「帰ってくるバカがあるか。」と言われながら・・。
亡くなる1年半前に、親孝行のつもりで、山好きだった父と二人でスイスを旅行した。すべてのお膳立てはこちらで用意したのだが、はじめのうちは、親の威厳を見せようと、先走って進んでいた。ところが、得意のはずの英語がまったく通じない。スイスは、英語圏ではないから当たり前だ。むしろ、ドイツ語少々と日本語の自分の方が理解された。単語しか言わないから、相手は想像力で補ってくれたようだ。
親父はあきらめ、身も心も息子に任せっきりになった。委ねた途端、まるで子供にもどったようにはしゃぎまわり、すっかり親子の立場が逆転してしまったのだ。
そのありさまを見ながら、ふと思った。妻子を護るために、決して弱みを見せるわけにもいかず、頼れる夫であり親を演じ続けて、さぞ辛かっただろうなあ、と。
親の気持が少しわかったような気がした。
2006年7月31日(月)の記事
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