第205国会 岸田文雄首相所信表明演説全文
10/8(金) 21:00配信/産経新聞WEB版
一、はじめに
第205回国会の開会にあたり、新型コロナウイルスにより亡くなられた方々、そして、ご家族の皆さま方に心よりお悔やみを申し上げるとともに、厳しい闘病生活を送っておられる方々に心よりお見舞いを申し上げます。
また、わが国の医療、保健、介護の現場を支えてくださっている多くの方々、感染対策に協力してくださっている事業者の方々、そして、国民の皆さんに、深く感謝申し上げます。
新型コロナとの闘いは続いています。
こうした中、このたび、私は、第100代内閣総理大臣を拝命いたしました。
私は、この国難を、国民の皆さんとともに乗り越え、新しい時代を切り拓(ひら)き、心豊かな日本を次の世代に引き継ぐために、全身全霊をささげる覚悟です。
私が、書きためてきたノートには、国民の切実な声があふれています。
ひとり暮らしで、もしコロナになったらと思うと不安で仕方ない。
テレワークでお客が激減し、経営するクリーニング屋の事業継続が厳しい。
里帰りができず、1人で出産。誰とも会うことができず、孤独で、不安。
今、求められているのは、こうした切実な声を踏まえて、政策を断行していくことです。
まず、喫緊(きっきん)かつ最優先の課題である新型コロナ対応に万全を期します。国民に納得感を持ってもらえる丁寧な説明を行うこと、常に最悪の事態を想定して対応することを基本とします。
また、新型コロナで大きな影響を受ける方々を支援するため、速やかに経済対策を策定します。
その上で、私が目指すのは、新しい資本主義の実現です。わが国の未来を切り拓くための新しい経済社会のビジョンを示していきます。
国民の皆さんとともに、これらの難しい課題に挑戦していくためには、国民の声を真摯(しんし)に受け止め、かたちにする、信頼と共感を得られる政治が必要です。
そのために、国民の皆さんとの丁寧な対話を大切にしていきます。
私をはじめ、全閣僚が、さまざまな方と車座対話を積み重ね、その上で、国民のニーズに合った行政を進めているか、徹底的に点検するよう指示していきます。
そうして得た信頼と共感の上に、私は、多様性が尊重される社会を目指します。若者も、高齢者も、障害のある方も、ない方も、男性も、女性も、全ての人が生きがいを感じられる社会です。
経済的環境や世代、生まれた環境によって生じる格差やそれがもたらす分断。これが危機によって大きくなっているとの指摘があります。同時に、われわれは家族や仲間との絆の大切さに改めて気付きました。
東日本大震災の時に発揮された日本社会の絆の強さ。世界から称賛されました。危機に直面した今こそ、この絆の力を発揮するときです。
全ての人が生きがいを感じられる、新しい社会を創っていこうではありませんか。
日本の絆の力を呼び起こす。それが私の使命です。
二、第1の政策 新型コロナ対応
まず、新型コロナ対応です。
足下では、感染者数は落ち着きを見せ、緊急事態宣言は全面的に解除されました。
菅義偉前総理の大号令の下、他国に類を見ない速度でワクチン接種が進み、この闘いに勝つための大きな一歩を踏み出せました。前総理のご尽力に、心より敬意を表します。
しかし、楽観視はできません。危機対応の要諦は、常に最悪の事態を想定することです。感染が落ち着いている今こそ、さまざまな事態を想定し、徹底的に安心確保に取り組みます。与えられた権限を最大限活用し、病床と医療人材の確保、在宅療養者に対する対策を徹底します。
希望する全ての方への2回のワクチン接種を進め、さらに、3回目のワクチン接種も行えるよう、しっかりと準備をしていきます。経口治療薬の年内実用化を目指します。あわせて、電子的なワクチン接種証明の積極的活用、予約不要の無料検査の拡大に取り組みます。
これらの安心確保の取り組みの全体像を、早急に国民にお示しするよう関係大臣に指示しました。国民の皆さんが先を見通せるよう、丁寧に説明してまいります。
同時に、これまでの対応を徹底的に分析し、何が危機管理のボトルネックだったのかを検証します。そして、司令塔機能の強化や人流抑制、医療資源確保のための法改正、国産ワクチンや治療薬の開発など、危機管理を抜本的に強化します。
国民の協力を得られるよう経済支援を行うことも大切です。大きな影響を受ける事業者に対し、地域、業種を限定しない形で、事業規模に応じた給付金を支給します。新型コロナの影響により苦しんでおられる非正規、子育て世帯などお困りの方々を守るための給付金などの支援も実行していきます。
三、第2の政策 新しい資本主義の実現
次に、私の経済政策について申し上げます。
マクロ経済運営については、最大の目標であるデフレからの脱却を成し遂げます。そして、大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の推進に努めます。
危機に対する必要な財政支出は躊躇(ちゅちょ)なく行い、万全を期します。経済あっての財政であり、順番を間違えてはなりません。
経済をしっかり立て直します。そして、財政健全化に向けて取り組みます。
その上で、私が目指すのは、新しい資本主義の実現です。
新自由主義的な政策については、富めるものと、富まざるものとの深刻な分断を生んだ、といった弊害が指摘されています。世界では健全な民主主義の中核である中間層を守り、気候変動などの地球規模の危機に備え、企業と政府が大胆な投資をしていく。そうした新しい時代の資本主義経済を模索する動きが始まっています。
今こそ、わが国も新しい資本主義を起動し、実現していこうではありませんか。
「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」。これがコンセプトです。
成長を目指すことは極めて重要であり、その実現に向けて全力で取り組みます。しかし、「分配なくして次の成長なし」。このことも、私は強く訴えます。
成長の果実をしっかりと分配することで、初めて次の成長が実現します。大切なのは、「成長と分配の好循環」です。「成長か、分配か」という不毛な議論から脱却し、「成長も、分配も」実現するために、あらゆる政策を総動員します。
新型コロナで、わが国の経済社会は、大きく傷つきました。
一方で、これまで進んで来なかったデジタル化が急速に進むなど、社会が変わっていく確かな予感が生まれています。今こそ科学技術の恩恵を取り込み、コロナとの共生を前提とした新しい社会を創り上げていくときです。
この変革は、地方から起こります。
地方は高齢化や過疎化などの社会課題に直面し、新たな技術を活用するニーズがあります。例えば、自動走行による介護先への送迎サービスや、配達の自動化、リモート技術を活用した働き方、農業や観光産業でのデジタル技術の活用です。
ピンチをチャンスに変え、われわれが子供の頃夢見た、わくわくする未来社会を創ろうではありませんか。
そのために「新しい資本主義実現会議」を創設し、ビジョンの具体化を進めます。
新しい資本主義を実現していく車の両輪は、成長戦略と分配戦略です。
まず、成長戦略の第1の柱は、科学技術立国の実現です。
学部や修士・博士課程の再編、拡充など科学技術分野の人材育成を促進します。世界最高水準の研究大学を形成するため、10兆円規模の大学ファンドを年度内に設置します。デジタル、グリーン、人工知能(AI)、量子、バイオ、宇宙など先端科学技術の研究開発に大胆な投資を行います。民間企業が行う未来への投資を全力で応援する税制を実現していきます。
また、イノベーションの担い手であるスタートアップの徹底支援を通じて、新たなビジネス、産業の創出を進めます。
そして、2050(令和32)年カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の実現に向け、温暖化対策を成長につなげるクリーンエネルギー戦略を策定し、強力に推進いたします。
第2の柱は、地方を活性化し、世界とつながる「デジタル田園都市国家構想」です。
地方からデジタルの実装を進め、新たな変革の波を起こし、地方と都市の差を縮めていきます。そのために、5G(第5世代移動通信システム)や半導体、データセンターなど、デジタルインフラの整備を進めます。誰ひとり取り残さず、全ての方がデジタル化のメリットを享受できるように取り組みます。
第3の柱は、経済安全保障です。
新たに設けた担当大臣の下、戦略物資の確保や技術流出の防止に向けた取り組みを進め、自律的な経済構造を実現します。強靱(きょうじん)なサプライチェーンを構築し、わが国の経済安全保障を推進するための法案を策定します。
第4の柱は、人生100年時代の不安解消です。将来への不安が消費の抑制を生み、経済成長の阻害要因となっています。
兼業、副業、あるいは学びなおし、フリーランスといった多様で柔軟な働き方が拡大しています。大切なのは、どんな働き方をしても、セーフティーネットが確保されることです。働き方に中立的な社会保障や税制を整備し、「勤労者皆保険」の実現に向けて取り組みます。
人生100年時代を見据えて、子供から子育て世代、お年寄りまで、全ての方が安心できる、全世代型社会保障の構築を進めます。
次に、分配戦略です。
第1の柱は、働く人への分配機能の強化です。
企業が長期的な視点に立って、株主だけではなく、従業員も取引先も恩恵を受けられる「三方良し」の経営を行うことが重要です。非財務情報開示の充実、四半期開示の見直しなど、そのための環境整備を進めます。
政府として、下請け取引に対する監督体制を強化し、大企業と中小企業の共存共栄を目指します。
また、労働分配率向上に向けて賃上げを行う企業への税制支援を抜本強化します。
第2の柱は、中間層の拡大、そして少子化対策です。
中間層の拡大に向け、成長の恩恵を受けられていない方々に対して、国による分配機能を強化します。
大学卒業後の所得に応じて「出世払い」を行う仕組みを含め、教育費や住居費への支援を強化し、子育て世代を支えていきます。
保育の受け皿整備、幼保小連携の強化、学童保育制度の拡充や利用環境の整備など、子育て支援を促進します。子供目線での行政の在り方を検討し、実現していきます。
第3の柱は、看護、介護、保育などの現場で働いている方々の収入を増やしていくことです。
新型コロナ、そして、少子高齢化への対応の最前線にいる皆さんの収入を増やしていきます。そのために、公的価格評価検討委員会を設置し、公的価格の在り方を抜本的に見直します。
第4の柱は、公的分配を担う財政の単年度主義の弊害是正です。科学技術の振興、経済安全保障、重要インフラの整備などの国家課題に計画的に取り組みます。
これらに加え、地方活性化に向けた基盤づくりにも積極的に投資します。
東日本大震災からの復興なくして日本の再生なし。この強い思いの下で、被災者支援、産業・生業(なりわい)の再建、福島の復興・再生に全力で取り組みます。
農林水産業の高付加価値化と輸出力強化を進めるとともに、家族農業や中山間地農業の持つ多面的な機能を維持していきます。新型コロナによる米価の大幅な下落は深刻な課題です。当面の需給の安定に向けた支援など、十分な対策を行います。
老朽化対策を含め、防災・減災、国土強靱化の強化とともに、高速道路、新幹線など、交通、物流インフラの整備を推進します。
いのち輝く未来社会のデザイン。これが、2025年大阪・関西万博のテーマです。地域から、IoT(モノのインターネット)や人工知能などのデジタル技術を活用した未来の日本の姿を示します。
観光立国復活に向けた観光業支援、文化立国に向けた地域の文化、芸術への支援強化にも取り組みます。
四、第3の政策 国民を守り抜く、外交・安全保障
私の内閣の3つ目の重点政策は、「国民を守り抜く、外交、安全保障」です。
私は、外交、安全保障の要諦は、「信頼」だと確信しています。
先人たちの努力により、世界から得た「信頼」を基礎に、3つの強い「覚悟」をもって毅然(きぜん)とした外交を進めます。
第1に、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値を守り抜く覚悟です。
米国をはじめ、豪州、インド、ASEAN(東南アジア諸国連合)、欧州などの同盟国・同志国と連携し、日米豪印も活用しながら、「自由で開かれたインド太平洋」を力強く推進します。
深刻化する国際社会の人権問題にも、省庁横断的に取り組みます。
第2に、わが国の平和と安定を守り抜く覚悟です。
わが国を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増す中、わが国の領土、領海、領空、そして、国民の生命と財産を断固として守り抜きます。
そのために、国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画の改定に取り組みます。この中で、海上保安能力やさらなる効果的措置を含むミサイル防衛能力など防衛力の強化、経済安全保障など新しい時代の課題に、果敢に取り組んでいきます。
こうしたわが国の外交・安全保障政策の基軸は、日米同盟です。私が先頭に立って、インド太平洋地域、そして、世界の平和と繁栄の礎(いしずえ)である日米同盟をさらなる高みへと引き上げていきます。
日米同盟の抑止力を維持しつつ、丁寧な説明、対話による信頼を地元の皆さんと築きながら、沖縄の基地負担の軽減に取り組みます。普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の一日も早い全面返還を目指し、(名護市)辺野古沖への移設工事を進めます。
北朝鮮による核・ミサイル開発は断じて容認できません。日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化の実現を目指します。
拉致問題は最重要課題です。全ての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく、全力で取り組みます。私自身、条件を付けずに金正恩(キム・ジョンウン)委員長(朝鮮労働党総書記)と直接向き合う決意です。
第3に、地球規模の課題に向き合い、人類に貢献し、国際社会を主導する覚悟です。
核軍縮・不拡散、気候変動などの課題解決に向け、わが国の存在感を高めていきます。
被爆地広島出身の総理として、私が目指すのは「核兵器のない世界」です。私が立ち上げた賢人会議も活用し、核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め、唯一の戦争被爆国としての責務を果たします。
これまで世界の偉大なリーダーたちが幾度となく挑戦してきた核廃絶という名の松明(たいまつ)を、私もこの手にしっかりと引き継ぎ、「核兵器のない世界」に向け全力を尽くします。
世界で保護主義が強まる中、わが国は自由貿易の旗手を務めます。デジタル時代の信頼性ある自由なデータ流通、「DFFT」を実現するため、国際的なルールづくりに積極的な役割を果たしていきます。
中国とは、安定的な関係を築いていくことが、両国、そして、地域および国際社会のために重要です。普遍的価値を共有する国々とも連携しながら、中国に対して主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求めると同時に、対話を続け、共通の諸課題について協力していきます。
ロシアとは、領土問題の解決なくして、平和条約の締結はありません。首脳間の信頼関係を構築しながら、平和条約締結を含む日露関係全体の発展を目指します。
韓国は重要な隣国です。健全な関係に戻すためにも、わが国の一貫した立場に基づき、韓国側に適切な対応を強く求めていきます。
五、新しい経済対策
「新型コロナ対応」「新しい資本主義」「外交・安全保障」。これら3つの政策を着実に実行することで、国民の皆さんとともに、新しい時代を切り拓いていきます。
本日朝の閣議で、新型コロナ対応に万全を期すとともに、新しい資本主義を起動させるため、新たな経済対策を策定するよう指示しました。
総合的かつ大胆な経済対策を速やかにとりまとめます。
六、おわりに
憲法改正についてです。
憲法改正の手続きを定めた国民投票法が改正されました。今後、憲法審査会において、各政党が考え方を示した上で、与野党の枠を超え、建設的な議論を行い、国民的な議論を積極的に深めていただくことを期待します。
最後になりますが、このようなことわざがあります。
「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め。」
新型コロナという目に見えない敵に対し、われわれは、国民全員の団結力によって一歩一歩前進してきました。
改めて、この日本という国が、先祖代々、営々と受け継いできた人と人のつながりが生み出すやさしさ、ぬくもりがもたらす社会の底力を強く感じます。まさに「この国のかたち」の原点です。
この「国のかたち」を次の世代に引き継いでいくためにも、私たちは、経済的格差、地域的格差などがもたらす分断を乗り越え、コロナとの闘いの先に新しい時代を切り拓いていかなければなりません。そのために、みんなで前に進んでいくためのワンチームを創りあげます。
「早く行きたければ1人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め。」
1人であれば、目的地に早く着くことができるかもしれません。しかし、仲間とならもっと遠く、はるか遠くまで行くことができます。私は、日本人の底力を信じています。
新型コロナの中にあってもなお、デジタル、グリーン、人工知能、量子、バイオ、宇宙、新しい時代の種が芽吹き始めています。
この萌芽(ほうが)を大きな木に育て、経済を成長させ、その果実を国民全員で享受していく、明るい未来を築こうではありませんか。
明けない夜はありません。国民の皆さんとともに手を取り合い、明日への一歩を踏み出します。
同僚議員各位、そして、何よりも国民の皆さんのご協力を心からお願い申し上げ、所信表明とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。
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岸田首相の所信表明は1点?
ジャーナリスト青木理が「カチンときた」セリフとことわざ
10/9(土) 12:30配信/AERA dot.(朝日新聞系)
岸田文雄首相は8日、衆参両院の本会議で、初めての所信表明演説を行った。演説時間は約25分。岸田政権がどこを目指し、何を実現していくのかを国民に示したわけだが、新政権に期待できるのか。所信表明演説について、ジャーナリストの青木理氏は「1点か5点でもいいか」と語る。その理由とは…。 楽天グループの三木谷浩史会長兼社長(56)が8日、自身のツイッターで岸田文雄首相を痛烈に批判した。
「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」
演説も終わりに近づいたころ、岸田氏は「ことわざがあります」と、2度繰り返した。 岸田氏はその意味を「一人であれば、目的地に早く着くことができるかもしれません。しかし、仲間とならもっと遠く、はるか遠くまで行くことができます。私は、日本人の底力を信じています」と語った。
このことわざは国民にはいまいちピンとこないが、青木氏も「こんなことわざ、僕も初めて聞きました。しかし、なぜわざわざ海外のことわざを引っ張ってくるんですかね。意味がわからない」と厳しい意見。さらに、皮肉を込めて次のように解釈した。
「一人ではなく仲間と進めとは、麻生太郎副総裁、安倍晋三元首相、甘利明幹事長の3Aの協力がなければ前に進めないという意味、そして”はるか遠くまで"というのは、われわれが望むのとはまったく別の方向の”はるか遠く”を意味するのではないか(苦笑)。政権の実態をみると、そう感じてしまいます」
さて、所信表明の肝心の内容だが、「経済」という言葉が20回、「成長」が15回、「分配」が12回、「新しい資本主義」が7回繰り返された。これらが岸田政権のこれからを読み解くキーワードのようだ。
「気になる言葉といえば、たしかに『新しい資本主義』とか、『分配』ですよね。その言葉だけ聞けば、安倍・菅政権とは少し違う、いわゆる宏池会的な路線が滲んでいるようにも感じられます。つまりは経済重視、再分配による格差や富の偏在の是正、一方で安全保障は軽武装路線のハト派といった『宏池会の価値観』を前面に出そうとしているという印象は受けます」
岸田首相の言う「新しい資本主義」とは何か。
「世界中で剥き出しの新自由主義と強欲資本主義が猛威をふるい、それによって中間層が破壊され、貧富の格差がかつてなく拡大した。そうした不満が政治を不安定化させ、欧州では極右やポピュリズム勢力を、アメリカではトランプ氏の出現などにもつながった。だから富の再分配と格差の是正が世界的課題なのは事実でしょう。しかし、岸田政権を眺めると、それを実現するための基盤となる足下の閣僚や与党執行部の顔ぶれはどうか。新自由主義路線を推し進めてきた安倍元首相や麻生元首相といった政治勢力に依存し、頼らなければ何もできない状況では、言葉が浮遊するだけの結果になるのは明らかでしょう」
掲げた目標や計画はいいが、実効性には大いに疑問符がつき、看板倒れになってしまう可能性が高いというわけだ。党役員人事に早くもその兆しが見えているという。
「たとえば、党執行部の人事はひどいものです。肝心の経済政策をはじめとする政策全般を取り仕切る高市早苗・政調会長はバリバリの新自由主義者。かつて『弱者のフリをして少しでも得をしようと、そんな国民ばかりでは日本が滅びる』などと言い放ったこともあります。また、財務相をはじめとする閣僚にも新自由主義者がズラリと顔を揃え、甘利明・幹事長なども同様でしょう。しかも甘利氏は、口利きの対価として大臣室で現金を受領した問題をいまだにきちんと説明していない。こんな人物を幹事長に据えた時点で終わってます」
岸田首相が、所信表明で「被爆地広島出身の総理大臣として、私が目指すのは『核兵器のない世界』です」と語った時にはハッとした人も多いかもしれない。
「この部分に目と耳を引かれた人はいるでしょうが、被爆地・広島はそもそも宏池会の牙城です。岸田氏は宏池会の池田勇人元首相、宮澤喜一元首相が築いた伝統を背負っていますし、自身も広島選出の国会議員ですから、この程度のことは言うでしょう。しかし、肝心なのは具体的な核廃絶への道筋をどう描くのか、という点です。たとえば核兵器禁止条約に参加するのかどうか。そうした点については具体的な道筋はまったく見えず、従来の曖昧な態度に終始するだけでした。
その岸田首相は「外交・安全保障政策の機軸は日米同盟です」と語り、「ミサイル防衛能力など防衛力の強化」を掲げた。
「経済政策では宏池会的な印象を一応打ち出す一方、安全保障面ではタカ派路線を露骨に滲ませましたね。もともと安倍元首相らへの配慮から、岸田氏は総裁選でも敵基地攻撃能力の保有などに前向きな発言もしています。結局、広島にバックボーンを置く政治家としてきれいごとは言うけれども、具体性はほとんどなく、むしろ安倍元首相らに引きずられていくんじゃないですか」
綺麗なことを並べ立てているが、政権の実態は乖離しているということもありそうだ。 その一方で岸田氏は「いい人」「紳士的な人」という人柄に対するいい評価がある。その人柄で党をまとめ上げて、実行していくのは難しいのだろうか。
「難しいというより、無理でしょう。これで自民党が変わるかもしれない、などと期待する人がいるなら、それは甘すぎます。忘れてはならないのは、いったいなぜ岸田氏が新首相になったのか。要は菅首相では選挙で大負けするから、表紙を変えておきたいという自民党の都合にすぎません。また、久しぶりに宏池会政権になったといっても、派閥の力が強かったかつての自民党と現在はまったく違います。はっきりいって岸田政権は安倍、麻生元首相らの傀儡ですから、お手並み拝見という以前に、何かが変わると期待するのはナンセンス。本当に政治を変えたいなら、自民党を牽制する野党勢力の力を強めるしかありません」
岸田氏はさらに「明けない夜はありません」と呼びかけて演説を結んだ。国会の与党の議員のからは拍手が巻き起こり、感動的に受けとめた雰囲気もあった。 シェイクスピアの戯曲「マクベス」にも出てくるセリフだ。
「逆に僕はカチンときましたけどね」
それは次のような理由によるからだ。
「未曾有の危機というべき新型コロナ対策で、安倍・菅政権が万全の対策を尽くしたと考えている人はほとんどいないでしょう。必死にやっての失敗ならともかく、やることなすこと後手後手でピント外れな対策ばかり。いつまで経っても検査すら増えず、少し感染者が増えると医療崩壊の危機が叫ばれることの繰り返し。岸田新首相も、その政権で要職を歴任してきたわけです。そうした劣悪な政治によって痛めつけられた人びとが『明けない夜はない』と願い、嘆くならともかく、ひどい政治を強いてきた側が上から目線で『明けない夜はない』とはいったい何事ですか」
同じ言葉でも発する人の立場やタイミングによって、聞いた人の受け止め方は変わってくる。つまり、言葉選びのセンスがないということのようだ。
総裁選では、岸田首相は「トーク力が上がった」と評判だったが、所信表明演説はどうだったか。
「まあ、前任の菅義偉前首相のトーク力がひどすぎましたからね。官僚がつくった文章をひたすら読み上げるだけだった前首相に比べれば、ずいぶんましになったなと思う人もいるでしょうけれど、総裁選を通じた会見などにしても、今回の所信表明演説にしても、人びとの感情を深く揺さぶるようなメッセージはない。知人の政治記者が岸田氏を評して『あたりさわりのないことを喋らせたら永田町でナンバーワン』と皮肉ってましたが、言い得て妙だと思います」
岸田氏は文章を読むためにほとんど下を向き、時々、顔を上げるというスタイルだった。
「現在のコロナ禍は、言うまでもなく人類史的な危機です。ならばせめてその危機に立ち向かう為政者として必死の覚悟を示すとか、人びとに真摯な協力を求めるとか、あらかじめ作った文章を読み上げるにしても、もう少し響く一文があってもいい気がしたのですが、世襲のボンボン議員にそんなことを求めるのは所詮、ないものねだりということでしょう」
岸田首相は4日の記者会見で、衆議院を14日に解散し、19日に公示、31日投開票の考えを表明した。
「表紙を変えたにすぎないとはいえ、首相が変わったご祝儀相場があるうちに、一刻も早く解散して総選挙になだれ込みたいということなのでしょう。菅政権の末期はヘタすると大幅な議席減とまで予想されていたものが、少しでもそれを抑えられれば、岸田政権も何とかもつという見方もあるようです。ただ、本当に負け幅を減らせるかどうか、もし衆院選を乗り切れたとしても、来年夏には参院選挙が待っている。安倍元首相らに牛耳られ、政治とカネの問題にまみれた甘利幹事長、小渕優子氏らを登用する“自己都合的再チャレンジ内閣”がそれほど長く続くとは到底思えません」
これらの話を総合し、岸田首相のはじめての所信表明演説を採点するとしたら、100点満点中、何点になるだろうか?
「0点でしょう。演説にかんしては前任者がひどすぎたから1点ぐらいあげてもいいけれど、実態としてはまぁ0点ですね」
(AERAdot.編集部 上田耕司)
コメント総数;1150
*横山信弘(経営コラムニスト)
「早く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたければ皆で進め (If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together. )」は現在、多くの企業経営者が参考にするアフリカのことわざだ。若い起業家も口にする。なぜか? 多様性の時代だからだ。
経営者の独善的な判断で突き進むのではなく、多様な価値観を持つスタッフとともに緊密なコミュニケーションをとりながら組織運営をする。一見遠回りのように見える。が、実のところことわざの通り、多様性を受け止めながら進んだほうがシナジーが発揮され、生産性が高くなることがわかっている。
今の時代を象徴することわざであるので、このことわざを耳にして共感したビジネスパーソンは多いのではないかと思うが。
一、すべて政権批判ありき 青木はこんな程度の低い記事で金がもらえる日本社会がいかに素晴らしいか理解したほうがいい
二、自民党政権の首相の所信表明演説である限り、この人は0点を付けるでしょうから、そんな論評を聞く意味あるのかな。文句付けるポイント探しなが見てるから、ことわざ引用くらいでガタガタ言うんでしょう。取材もせず「人びとの感情を深く揺さぶるようなメッセージはない」って、勝手に世論のような事を言う自称ジャーナリストこそ0点で必要ない。
三、駄文を見る必要はない。青木理が1点、カチンとくる評価を下したということは岸田さんはいい総理になるよ
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岸田新総理の所信表明演説に関する報道を二つ採り上げる。産経新聞と朝日新聞系列誌AERAである。前者は親米右派紙、後者はガチガチの左派誌と見做されている。前者は演説内容を文字化しただけで、論評抜き(肯定も否定もない)。後者は青木理氏の口を借りて批判的な論調になっている。
そもそも「所信」とは〝信じていること″と言う意味だ。その意味で「所信表明演説」というものは、一種の決意表明に相当する。批判は勝手だが、反論としての「対案(政策)」がなければ、批判のための批判と観られても仕方あるまい。青木氏の言辞がこれに該当する。政治家としての石原慎太郎は都知事時代、野党や職員に対し「反対なら対案を出せ!」と迫った。これですよこれ、戦後政界から失せた〝攻めの姿勢″。岸田内閣は発足したばかり。まだ何もしてないのに、端から批判ありきではあんまりだと思う。然りながら、決然としない婉曲な表現に不安が残る。
経済は門外漢だが、「脱新自由主義」とか「分配なくして成長なし」、「所得倍増計画」などのお題目は、自派閥(宏池会)の始祖池田勇人内閣(1960-1964年)の高度成長期をイメージしているのではなかろうか。池田は大蔵省(現財務省)の冷や飯官僚出身で、1949年に民自党から衆院選立候補し、初当選でいきなり吉田内閣の大蔵大臣に抜擢された人物である。
池田はもともと積極財政派だったが、GHQ占領下の米国圧力によりドッジプラン(財政金融引き締め政策)を飲まされた苦い経験を持つ。そのため、軍隊(自衛隊さえなかった)を持たざる国家の哀しさをイヤと言うほど味あわされてきたせいか、主権回復(1952年)後は強硬な自主憲法制定・自主防衛論者となっている。
時代としては、池田内閣が成立した昭和35年頃から、〝家電三種の神器(テレビ・洗濯機・冷蔵庫)″が始まり、昭和40年代前半には〝3C(カラーTV・クーラー・マイカー)時代″へと発展を遂げた。所謂「高度経済成長期」と呼ばれる時代である。自分が就職したのが昭和45年(1970年)だが、毎年10%以上の賃上げがあり、1980年代に入ると昇進もあって池田首相「所得倍増計画」をも凌駕して、年収が二倍・三倍と跳ね上がっていった。
1990年代には、米国に次ぐ世界第二位の経済大国になっていた。成長発展の要因は、「世のため人のため」という利他精神と勤勉な国民性にあったのだが、これを妬んだ欧米から「働き過ぎ」とか「世界標準を逸脱」とかのあらぬ中傷を受け、これら外圧に屈して「週休二日制導入」「残業規制」が始まり、グローバルスタンダード(世界標準)なる世界経済金融の潮流に流され、経営形態そのものまで欧米様式に改変されて行った。その後どうなったかは、現代人が知るところである。
半世紀前の我国の底力を取り戻そうとの方向性は間違ってないと思う。しかし、当時とは情況が異なる。何が違う? 外圧に屈して西洋思想を絶対視するあまり、我国の伝統文化から逸脱したため、国策自体が心ならずも「貧国弱兵」へ邁進してきたのだ。依って、先ずは西洋思想に毒されたオツムを解毒する必要がある。即ち、建国の精神を取り戻すことだ。
最古の歴史を保つ我国は、たかだか数百年しか経たない西洋近代主義思想以前からの伝統文化を有してきた。ひと言で言うと〝力の支配″に対する〝和の支配″である。その意味で〝力の支配″が国際標準とすれば、もともと特異な国家なのだ。国民思想の根幹を成しているのが「神仏習合」である。即ち、神道的自然崇拝と仏教的輪廻思想の融合と言うこと。分かり易く換言すれば、「循環の哲学」とも言うべきものだ。
つまり、自然界は「風が吹けば桶屋が儲かる」式の因果関係になっているということ。例えば、我々人類は。自然界の動植物を食糧として生きながらえているが、排泄物は植物(野菜果物)の肥料として還元される。人間は酸素を吸引しなければ生きていけないが、樹木は人間の吐く息(二酸化炭素)を吸収して再び酸素に還元してくれる。「脱炭素」を叫ぶ国際機構は頓珍漢としか言いようがない。地球温暖化は何も人間だけのせいではあるまい。人類誕生以前にも、地球は氷河期と温暖期を交互に繰り返して来ているのだ。経済とて然り。我国には『金は天下の回りもの』という有名な諺があるではないか。
『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし急ぐべからず』とは東照宮(徳川家康)の箴言なり。富を成すの要もまた同じ。乏しきは世の常なり、露つらしと思うべからず、ただ真心もて撓まず息(やす)まず勤むれば、なぜか終(つい)には志を遂げざるべき。
一攫千金は夢にも望むべからず、常道にあらざればなり。知らずや、投機に得たる万金は消え易きこと泡沫の如きことを。額の汗に得たること、実(げ)にも貴き財(たから)なれ。微塵の財も積めば山ともなりぬべし、積みて善く用いれば益々集まる。
富めるとて、驕れば忽ち滅ぶべし、守るべきは分度なり。上(かみ)を敬い、下(しも)を恤(あわれ)み、神仏に事(つか)えておろそかならず、法令に遵い生業(なりわい)を励むは、子孫長久の基也。
夫(そ)れ財は泉なり、周流して物を潤す。常に財用(支出)を節すれば歳計必ず余りあり。以て親故を賑わし、施(やが)て国用を資(たす)くるに足る。斯くの如くして貨泉の功始めて全しと言うべし。
大正五年四月
七十八齢勤倹堂実行道人
~安田善次郎『意志の力』(平成十二年安田生命刊;非売品)~より
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