中国はなぜ「ありがとう」が言えないのか?
6/9(水) 18:10配信/宮崎紀秀(ジャーナリスト)
アメリカの上院議員3人が6日、新型コロナウイルスのワクチン不足に苦しむ台湾を訪問し、75万回分のワクチン提供を表明した。中国の理屈からすれば、台湾は中国の1部であるから、その住民に対する支援はありがたいはず。だが、中国は「ありがとう」の一言さえ発しないばかりか、国防省はこの3人がアメリカの軍用機で訪台したことを指し、「非常に悪質な政治的挑発」と強く批判した。中国はなぜ素直にお礼が言えないのか。
■米軍用機の台湾訪問にカリカリする中国
アメリカ上院の民主党ダックワース議員ら3人は、6日、韓国訪問の後に台湾に立ち寄った。その際の移動手段はアメリカの軍用長距離輸送機C-17だった。台北の空港でダックワース議員らは、アメリカ政府から台湾に75万回分のワクチンを提供することを表明し、「私たちはあなたたちと共にあり、台湾の人々がパンデミックを乗り越えるために必要なもの得られるようにする」と挨拶した。
これに対し、台湾政府が即座に謝意を表明したことは言うまでもない。
一方、中国国防省は、8日、報道官のコメントとして次のようにアメリカを非難した。
「アメリカの議員が軍用機で台湾を訪れたのは、台湾問題を利用した“政治ショー”であり、一つの中国の原則に対する挑戦である。台湾を以て中国を制しようとする企みであり、非常に悪質な政治的な挑発である」
中国の国防省が、アメリカ軍用機が飛来に対し神経を尖らせ非難したくなる気持ちは分かるが、ワクチン提供に対する言及はない。
ならば国と国とのお付き合いを担う外務省。その見解は、国際社会に対する中国政府としての公式見解である。上院議員の訪台の翌日となる7日、中国外務省は定例の記者会見を開いた。報道官は、アメリカの議員が軍用機を利用したことについて質問を受け、やはり国防省同様に、「一つの中国の原則に反する」などと主張した上、アメリカに抗議したことを明らかにした。
「一つの中国」であるならば、台湾へのワクチン提供を喜んでもよさそうだが、アメリカに対する謝意は一切なかった。
■日本のワクチン提供を「政治ショー」と非難?
中国政府は、他国からの台湾へのワクチン支援に対しどのような態度を取っているのだろうか。日本政府が124万回分のワクチンを提供し、台湾側から感謝されたことは記憶に新しい。
これに対し、中国はどうだったのか。
日本政府が台湾へのワクチン支援を検討していると報道された後、5月31日の定例会見で、中国外務省の報道官はこう述べていた。
「中国は、コロナを理由に政治ショーを行い、中国への内政干渉に断固反対する。日本が現在、自分自身のワクチンも十分に供給できていないことに注目している。このような状況で、日本政府が台湾へのワクチン提供を検討しているとしたことは、台湾の多くのメディアや民衆を含め、外部から疑いの目を向けられている」
日本からワクチンが台湾に到着した4日の記者会見でも、外務省の報道官が口にしたのは謝意ではなく「嫌味」だった。
「関係国が命を救うというワクチン援助の本来の目的をまっとうすべきであり、政治ショーに執着すべきではないことを希望する」
中国にとって他国が台湾にワクチンを提供するのは内政干渉であり、更に言うと、将来の台湾統一を邪魔しようとする政治的な企み、となる。
■ワクチン支援を台湾政府批判でお返し?
上の答えは、日本からの台湾へのワクチン援助を中国はどう評価するか、という主旨の質問に対する回答だが、その中で、中国外務省の報道官は、臆面もなく話をすりかえ、台湾政府への批判を展開した。
「民進党当局はあの手この手で中国からのワクチンの輸入を拒み、更には中国がワクチンの購入を邪魔したなどと嘘をついている。民進党当局は、自身の政治的な利益のために、防疫の協力において、政治的に弄び、台湾の市民の生命と健康を軽視し、基本的な人道主義の精神に違反している」
台湾の現政権、民進党の蔡英文政権は、北京の言うことを聞かない。中国政府は蔡英文総統を独立志向が強いとみなし、目の敵にしている。
■台湾総統は「宿題を報告する小学生」?
中国メディアの中国日報は8日、アメリカの3人の議員を迎えた蔡英文総統の様子をディスった。
「3人を迎えるため、蔡英文は自分の“総統”という身分を顧みず、恭しく挨拶した。まるで小学生が先生に宿題の報告をするようだった」
これは蔡英文総統が、一人一人の前まで歩み寄り、拱手と呼ばれる、体の前で自身の両手を組む挨拶をした様子を指しているのだろう。ダックワース議員は車椅子に座っているため、蔡氏が相手の目線に合わせるように、少し腰をかがめたようにも見えた。
私には、蔡氏の実直さを示す丁寧な対応に見えたが、「台湾地域のリーダーにすぎない」として、中国政府が認めていない“総統”の肩書きを、敢えて持ち出してまで揶揄したくなるくらい、中国にしてみれば蔡氏のやることなすことが憎いようだ。
中国はコロナの再流行に苦しむ台湾の窮状を、蔡英文政権の弱体化につなげようと日々宣伝している。だから国際社会からの支援やワクチンの提供によって、蔡英文政権がうまくコロナを抑え込んでしまったら、実は都合が悪いのである。
なぜ、外国からの台湾へのワクチン提供に、中国は素直に「ありがとう」と言わないのか?
中国が本当に守りたいものは、“同じ国”であるはずの台湾の人々の命と健康ではなく、「中国と台湾は一つの中国」という、中国側が盛んに喧伝するにもかかわらず、現実には存在していない幻想だからである。
★宮崎紀秀(ジャーナリスト)
日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。現地取材歴は10年以上。映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2021年春に帰国。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。
執筆者の名前すら知らなかったが、久し振りにホンモノのジャーナリストらしい真理を衝いた論評に接した気がして、清々しい気分にさせてくれる文章だ。自分とは視点が異なるが、中共の自己矛盾については、全面的に賛同したい。
視点が異なると書いたのは、自分が台湾側(=反中共)の立場で中国を観ているのに対し、宮崎氏は第三者的公正な立場で極力客観的に情況分析しているように思う。ジャーナリストなら、当たり前だろう。ところが昨今は、報道というより政治プロパガンダ的色彩が強すぎて、読む気も失せるのが実情だ。「ありがとう」という日本的な〝感謝の念″に着目している点も、日本人ならではの視点で、嬉しくなってしまう。
自分は、今日の中台関係を〝いじめっ子(中国)″と〝いじめられっ子(台湾)″の関係に准えている。こういう場合、我国に限らず、被害者側に国際的な同情が集まるのが自然の成り行きというものだ。そういう意味で、中国政府(=中共)は戦術を誤まったと観るべきだろう。
【同情】
他人の気持や境遇、特に悲哀や不幸を、その身になって思いやること。かわいそうに思って慰めること。おもいやり。
つまり、同情とは前稿で書いた「仁」の具体的感情表出の一つなのだ。感情は理窟ではない。中台関係の現状を見て、何とも感じない人が居るかもしれない。だが、中国政府に同情などする者があるとは思えない。喩えは適当でないかもしれないが、勧善懲悪物時代劇で、民百姓を虐げる悪代官とそれに加担する悪徳商人対【弱きを救け強きを挫く】正義の味方の主人公といった構図をイメージすると分かり易い。どちらが中国でどちらが台湾かは、言うまでもあるまい。
何故、台湾に同情が集まるのか? 蔡英文総統の人品骨柄卑しからぬキャラクターに依るところが大きい。中共の恫喝を真っ向から撥ね付ける烈女でなければ女闘士でもない。ちびまる子ちゃん然としたご尊顔は、何処にでも居そうな人当たりの良い普通の〝か弱き女性″といった風情。要するに、周りが国民(=弱者)的アイドルとして勝手に祭り上げた一種の台湾教カルト集団化していると観ることもできよう。〝弱い″がゆゑに同情・共感・援助が集まる。人間関係力学は、当世流行りの科学的合理主義や唯物論では解明できない係る超常現象を生じさせることがある。
感情の表出として「涙」がある。感極まって「涙」が出るわけだが、感動・悲哀・苦悩・怒り・屈辱・歓喜などの種類がある。〝血も涙もない″とは悪逆非道な行為をさす言葉だ。中共がウィグル人、チベット人、モンゴル人、香港人&台湾人はおろか、発展途上国への悪徳高利貸し紛いの掠奪・植民地化外交こそ、悪逆非道な行為と言わずして何と言おう。ジェノサイド(民族抹殺)云々ではない。一人の人間として許せない、唯その一念だけである。
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