バッハ『カンタータ第56番』
《我は喜びて十字架を負わん》
-三位一体節後第19日曜日用-
BWV5の翌年、1726年10月27日に初演された同じ日曜日の為の作。バス独唱用の名曲として、広く知られている。福音書章句を踏まえたテキストは、キリストの船路を、人生に擬える。即ち、苦難に満ちた人生の道行は、死という安らかな港に辿り着くことによって初めて救済に導かれる、というのがその思想である。テキストが現世の否定を語るとき、バッハの音楽は虚無的とさえ言いたいほどの厳しさを見せて、我々に迫ってくる。だが、ひとたびその先にある揺るがぬものに視線が向けられると、バッハの音楽は深い信頼と限りない安らぎの世界を提示して、我々を驚かせるのである。
第1曲は、現世の苦悩を痛切に歌うト短調のアリア。続くレチタティーヴォでは、チェロの奏する波の音型が、「人生という船路」の想念をリアルに伝える。しかし、次の変ロ長調のアリアに至って、音楽は、何という晴れやかな飛翔を獲得することであろう! 「おお、今日にもその時が」のパッセージの、力強さ。以下、音楽は安らぎの支配する領域に入り、最後には合唱が小コラールで和して、イエスの御前に歩み出ることを願う。
-礒山雅氏の解説(リヒター盤ライナーノーツより)-
* 楽曲構成 *
第1曲-アリア(バス)、ト短調
第2曲-レチタティーヴォ(バス)
第3曲-アリア(バス)、変ロ長調
第4曲-レチタティーヴォとアリオーソ(バス)、ハ短調
第5曲-コラール(四声部)、ハ短調/J.フランク1649年作「死と永遠を想うコラール」
保有CDは、フィッシャー=ディースカウ独唱の新旧二枚がある。
リステンパルト盤(1951年モノラル録音)
指揮;カール・リステンパルト
リステンパルト室内管弦楽団
ベルリン・モテット合唱団
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ヘルマン・テッチャー(オーボエ)
当該動画コメント/投稿者;変人ゴトキズ
巨匠カール・リステンパルトと若きFischer-Dieskauの歴史的競演である。後にKarl Richtrと録音しているが、こちらの方に軍配を上げたい。完璧にメリスマ唱法を駆使していて脱帽である。
上記コメントに同意。録音時26歳で声が瑞々しいし、未だ殆ど無名に近かったので、教えを請うような謙虚な態度が見て取れて、好感を抱かせる。指揮者リステンパルトの苦労人らしい、権力に媚びない一徹な性格が、音楽にも顕われている感じ。録音こそ西ベルリン側ではあるが、北東ドイツ特有の〝厳しいバッハ″の典型例ともいえよう。BWV56に関しては断然旧盤を採りたい。先に採り上げたBWV82の場合は、円熟味が不可欠なので、評価は正反対とならざるを得ないが・・・。
リヒター盤(1969年録音)
指揮;カール・リヒター
ミュンヘンバッハ管弦楽団&合唱団
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バス)
マンフレート・クレメント(オーボエ)
旧録から十八年後の録音で、こちらも標準以上の出来栄えとは思うが、悪い意味でやや「慣れ」が生じているような気がする。リヒターの指揮ぶりに関しては、後年の緩みがなくてよろしい。
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