生まれる前の歌を“懐メロ”と呼べるかどうかは別問題として、戦前の流行歌が大好きである。メロディ、リズム、テンポとも悉く自分に合うし、また歌詞も素晴らしい。戦後も歌い継がれている著名曲はもちろん、忘れ去られた歌にも佳曲が多い。
一例を挙げるとすれば、真っ先に『月のキャムプ』(1935年5月)を採りたい。現代では「キャンプ」と綴る日本語普通名詞化した語だが、より原音に近い「キャムプ」とあるのが時代を偲ばせると同時に、却って新鮮に映る。84年も昔の曲なので、今となってはリアルタイムで聴いた人は限られた長老しかこの世にあるまい。
『月のキャムプ』
by ミス・コロムビア(松原操 1911-1984)
久保田宵二(1899-1947)作詞/古関裕而(1909-1989)作曲
そよぐ白樺高嶺の風に 焚火囲んで愉しい夕餉
明日のコースを微笑み語りゃ 深山キャンプに月明かり
月に牽かれて先頭を抜けて 行けば黒百合仄かな香り
空の彼方にほのぼのうつは 雪の槍やら穂高やら
尾根の神秘も乙女の胸も 青い月夜のひしに秘めて
リュックサックの枕に近く 嬉しキャンプの夢に入る
註)聴き起こしにつき、書き写しミス御容赦
好きですねぇ、この歌。戦前の類似曲に『丘を越えて』『キャンプ小唄』『緑の地平線』『ハイキングの唄』などあれど、女声は唯一この曲のみ。
作詞者、作曲者、歌手ともに明治生まれで我が父親の世代である。童謡・唱歌・抒情歌にも似た老若男女が挙って歌える曲が、「流行歌」として発売されているのが驚きである。”歌は世につれ”と言うが、時代を反映してか、今や国籍不明の易っぽい恋愛歌ばかりに成り果てた。
基本的に心躍る明朗な曲調ながら、哀愁を帯びたオーボエの間奏が効いていて一筋縄にはいかない。男の自分にとって、乙女心など分かろうはずもないから歌詞そのものが神秘的にさえ映ってしまう。
尤も作詞者久保田宵二は男性、備中(岡山県)生まれの詩人である。師範学校卒で小学校教師の経験もあるらしい。日本コロムビア専属作詞家。
代表曲
・童謡『昭和の子供』(昭和6年/佐々木すぐる作曲)
・『ほんとにそうなら』(昭和8年/古賀政男作曲/赤坂小梅歌)
・『秋の銀座』(昭和8年/江口夜詩作曲/ミス・コロムビア歌)
・『夕日は落ちて』(昭和10年/江口夜歌作曲/松平晃、豆千代歌)
・『赤城しぐれ』(昭和12年/竹岡信幸作曲/霧島昇)
・童謡『山寺の和尚さん』(昭和12年/服部良一作曲)
・『博多月夜』(昭和13年/大村能章作曲/音丸歌)
「明治」はもとより「昭和」は遠くなりにけり、ですな。
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