せっかく大分へ来たのだからとばかりに、別府鉄輪温泉地獄巡りに出掛けることにした。小学生時分の1960年(昭和35年)頃、福岡から親戚が訪ねてきたとき、一度だけ行ったことがある。実に55年ぶりと言うわけだ。あいにく天候が荒れ模様だったが、午前10時頃ホテルを発ち最寄りのJR別府大学駅に向う。昔はこんな駅なぞなかった。
当時は、大分交通の路面電車が大分駅前~別府亀川間を走っており、確か鉄輪(かんなわ)の電停で降りたはず。この電車、「鉄輪」以外にも難読駅がもう一つあって、その名が何と「邯鄲(かんたん)」。ちっとも簡単じゃない。そのためか、行き先表示は平仮名になっていた。現在の大分新川町付近にあったが、もはや地名はおろか何の痕跡も残っていないようだ。
日豊線別府大学駅で下車。予め地図で調べておいたとおり、ここから歩いて地獄地帯(?)へ行く。ところが延々たる上り坂なうえ、折からの雨混じり強風にあおられ、難儀なこと夥しい。地図を一瞥してさほど遠くないと踏んだのがそもそもの間違い。目的地に辿り着くまで小一時間近くもかかってしまった。
温泉場に来たのだから、冷えた身体を温めさえすればよいものを、寒風吹きすさぶ“この場”を離れたい一心だった。結局、地獄巡りとは名ばかりで、【鉄輪温泉に来た】というアリバイ作りをしたに過ぎない。来た道を引き返すことにしたが、今度は下り坂ゆゑ半分の時間しかかからなかった。
JR大分駅を出ようとしたら、PASMOが残高不足で自動改札機に引っかかってしまった。オートチャージ機能付のはずだが、ここはSUGOCA圏。PASMO圏以外ではオートチャージされないらしい。
JR大分駅は目下改装工事中である。したがって、名物の大友宗麟像も一時撤去されている。ただし、日章旗だけは正面右側に掲げてある。50年以上前に大分に住んでた頃も、何やかやで常に工事していたような気がするなぁ。とにかく、落ち着かない駅というイメージは、昔も今も変わらない。
駅内に「豊後にわさき市場」と称する食材・食堂・土産物店が入居している。ここの一角に「豊後湯布院牛 うまい庵」という店があって、昼食用に「ステーキ弁当(¥1,500-)」を購入した。“うまい庵”の名のとおり、これが添え物の玉葱と相俟って実に美味かった。
夜には地元《救う会大分》の知人と会食をする予定になっていたが、全国会議に出席していた方の帰郷が遅れたため、留守番(?)の方と二人だけになってしまった。以前はオロいい自家用車だったが、新妻さんに新車を買って貰ったらしい。ピカピカの車で迎えに来てくれた。
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