この年は、ドドンパとかいうおかしなリズムが流行った。それだけです。以上、な~んちゃって。
☆ 黒い傷痕のブルース by 小林旭(昭和36年)
☆ オリジナル盤
Broken Promises by Sil Austin
今の今までこれが外国曲だとは夢にも思わず、てっきり小林旭のオリジナルとばかりに信じきっていた。取り立ててヒットしたわけでもないのに何故知っているのかというと、級友に誘われて親や学校には内緒で同名映画をこっそり観たから。今は跡形もなくなっているが、大分竹町商店街にあった日活系映画館にて。
またまた話が逸れるが、当時の大分には、他に大映系がトキハ百貨店の地下、東映系が金池町、中央通りに沿って松竹系と東宝系映画館があったし、まだ田舎だった高城駅前にさえ映画館があったのですよ。そうそう、航空管制官だった父に連れられて観たリンドバーグの伝記映画『翼よ、あれがパリの灯だ』は、若草公園傍の洋画館だった。
* ご参考 * 映画『黒い傷あとのブルース』(昭和36年)
物語はとっくの昔に忘れてしまったが、クレジットにあるが如く吉永小百合も出ていたことだけはよく憶えている。国民的人気を集め、「サユリスト」と呼ばれる人たちが世に出現する前の話である。大学の先輩だから、本来「呼び捨て」すべきではないが、当時の自分にとっては数ある子役の単なる一人に過ぎなかったのであります。
☆ パイナップルプリンセス by 田代みどり(昭和36年)
☆ オリジナル盤
Pineapple Princess by Annette Funicello(昭和35年)
南国ムードのハワイアンなのに、田代盤の発売は季節外れの1月。それでも、オリジナル盤とともにヒットしたと記憶する。各社競作になったなかで、専らこの盤を気に入ってる。旧くは奈良に本社があったテイチクは歌謡曲のイメージが強いが、どうしてポップス系も頑張っていたんですね。
日活映画にも出ていた田代さん、お嬢様やお姫様というより三枚目役(道化役)が多かったが、それが却って親近感を呼ぶのかヒロインとは違う意味での魅力があった。近況を知らないので、当時のまんましか思い浮かばず、これもまた愉しからずや。
☆ その名はフジヤマ by アントニオ古賀(昭和36年)
☆ オリジナル盤
Se llama fujiyama by Los Panchos(昭和36年)
これもアントニオ古賀のオリジナルとばかりに勘違いしていた。実際は、トリオ・ロス・パンチョスのチューチョ・ナバロが、来日公演のために作った曲なのだとか。
☆ 悲しき街角 by 飯田久彦(昭和36年)
☆ オリジナル盤
Runaway by Del Shannon(昭和36年)
日米ともに大ヒットした。自分には、坂本九のカバー盤が最も強く印象に残っている。飯田久彦は、先述のテイチクが経営不振に陥って日本ビクターに経営権譲渡(平成11年)した際、ビクターから送り込まれて社長の座に就いている。その彼とて、昭和36年当時はコロムビアの専属歌手であった。
* ご参考 *
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