“懐メロファン”だけに、クラシック(古典音楽)の分野も旧き佳き時代の演奏を好む。10月14日付【ポタアン】ってなあ~に?の続きになるが、件の旅行用iPodには、クラシックが約7割積み込んである。残りの3割が、歌謡曲(昭和40年代まで)とオールディーズやタイ・台湾・中国・韓國の歌等々。
中学入学時(昭和35年)、レコードプレーヤー(当然モノラル)を買ってもらい、ラヂオに繋げて聴いていた。いま手許に昭和40年版『洋楽レコード総目録』(左画像)がある。父が他界(平成10年)したのを機に、実家の書棚から抜き取ってきた。御覧のとおり、半世紀近く昔の書物なので、もはや装丁が崩れてボロボロだが、購入したり興味あるレコードには印や下線が引いてある。そして、これを参考にしたわけもないのに、iPodに詰め込んだ音楽メディア類は、印・下線のあるレコードとほぼ一致する。
買い集めたレコード(フォノシートまである)、カセットテープ、CD類を改めて数えなおしたことはないが、おそらく優に一千枚は超えるだろう。その7割方がクラシックで、同じレコードアルバムのCD復刻盤が大半を占める。なぜって、子供時分に聴いた当初の印象が強くて、レコードと同じ演奏でないと耳にしっくりこないのですよ。
実は当時、音楽授業にレコード鑑賞の時間があって、いろんなレコードを聴かせてもらった。何を聴いたか今となっては記憶にないが、耳が勝手に憶えている。例えばシューベルトの「未完成」ならワルター指揮ウィーンフィル(昭和13年)、ドボルザークの「新世界」は、ターリヒ指揮チェコフィル(昭和16年)といった具合。何のことはない。ステレオ初期だったにも拘わらず、学校教材は戦前のSP盤だったんですね。
で、何が言いたいかと申しますと、妙にデジタル臭かったこれまでと違って、iPod touch+iBasso A01+IE80の組み合わせは、スピーカで聴いた当時に近い響きを忠実に伝えてくれています。
余事ながらこのカタログ、現在の呼び方と違ったりして面白い。《ドボルザーク》は《ドヴォルシャック》とあるし、「新世界」は現行の“第9”でなく交響曲“第5番”になっている。シューベルトの“第9”(ザ・グレート)も、当時は交響曲“第7番”だったとは。
演奏家となるともっと凄い。指揮者ハンス・クナッパーツブッシュ←《クナッペルツブッシュ》、イシュトヴァン・ケルテス←《ケルティッシュ》、オットマール・スイトナー←《ズイトナー》、ロリン・マゼール←《マーツェル》等々。来日前スイトナーの呼び方を巡っての音楽評論家ラヂオ・トーク番組を思い出す。某氏自信たっぷりに曰く、「ドイツ語のSはズと訛るから“ズイトナー”で間違いないでしょう。」
日本が“戦後復興期”から“経済成長期”に入る前後の、遠い昔の話である。
戦後録音(昭和29年)ながら、ターリヒ・チェコフィルの「新世界」を聴いてみてください。この盤も持っていますが、戦前盤に比べると郷愁を誘う寂寥感が、私の耳には物足りなく聞こえます。
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