私奴の幼児期(昭和23年生)はラヂオの時代だった。信じられないだろうが、生まれたときのことまで知っている。ただし、“生き証人”は母親だけ、かつ裏を取ったわけでもないから、単なる思い込みや妄想の類かも知れない。
記憶に依ると、「百聞は一見に如かず」の諺に反し、殊に幼児期に関しては、眼にした光景より耳で聴いたことのほうがよく憶えているのですよ。なぜって、テレビなどなかった時代、おカネがなく未だ文字も読めない幼児にとっての娯楽と言えば、ラヂオぐらいしかなかったので。
然りながら、ラヂオにかじりついていたわけでもなく、否応なしに耳から入ってくる感じ。番組で言えば、主題歌こそ知っているものの、「鐘の鳴る丘」(昭和22~25年)を聴いていた、との記憶はさすがにない。憶えているのは、その後継番組「さくらんぼ大将」(昭和26年)あたりからだろうか。しかし、映画だか芝居だかでも観た憶えがあるから、それをラヂオ番組と勘違いしているかも知れない。
“懐メロファン”を自認する手前、ラヂオでリアルタイムに聴いた最初の流行歌は何かというと、『憧れは馬車に乗って』(昭和26年;菅原都々子)でしょうかね。いや『玄海ブルース』(昭和24年;田端義夫)かな、はたまた『白夜行路』(昭和24年;津村謙)だったろうか。この辺りになると、後年知った可能性もあるので判然としないが、懐かしく想うのが『憧れは・・・』だから、“三つ子の魂百まで”じゃないけれど、やはり三歳頃ということになる。
ラヂオは、五感のうち聴覚のみで感じ取らねばならず、かなりの想像力を要する。歌などの音楽には三要素(旋律・和声・拍子)があるので、他曲との区別をつけやすい。前述の『さくらんぼ大将』を例にとると、主題歌ならある程度耳に残っていて今でも思い出せるけど、物語の内容など全く憶えていない。というか、そもそも三歳児が理解できていたとすれば、私奴は空前絶後の大天才ということになってしまう。
NHKラヂオ劇『さくらんぼ大将』主題歌 - 川田孝子(昭和26年)
ところで、就学(昭和29年)前後に北村寿夫原作『新諸国物語』(全七作)というラヂオ時代劇があった。
第一作 『白鳥の騎士』(昭和27年)
第二作 『笛吹童子』(昭和28年)
第三作 『紅孔雀』(昭和29年)
第四作 『オテナの塔』(昭和30年)
第五作 『七つの誓い』(昭和31年)
第六作 『天の鶯』(昭和34年)
第七作 『黄金孔雀城』(昭和35年)
第一作は知らないが、第二~第五作はラヂオでよく聴いた憶えがある。また、第六・第七作を知らないのは、昭和34年に自家用テレビが入って、ラヂオをあまり聴かなくなっていたからだろう。変な話、同じ主題歌でも、テレビ・映画で観るよりラヂオやレコードで聴くほうが、映像がない分、好き勝手に想像(「創造」に近い)できるから、懐かしく感じる。
さて、第三・第四作がYouTubeに上がっているので聴いてみよう。
NHKラヂオ劇『紅孔雀』(昭和29年1月4日第一回放送分)
NHKラヂオ劇『オテナの塔』(昭和30年12月12日放送分)
これは驚いた。『オテナの塔』の主題歌は、半世紀以上を経て耳に甦る感じで実に懐かしい。が『紅孔雀』は違うなあ。実は映画主題歌をラヂオ劇のものとばかり勘違いしていたのだ。『紅孔雀』のほうは中村錦之助の映画版DVDを持ってるし、沢村精四郞のテレビ版も高校生時分に視ていた。だから井口小夜子オリジナル盤でなくてはならぬ。
『オテナの塔』も新東宝で映画化されてはいるが、公開時予告篇を観ただけで映画主題歌を知らない。ゆゑに、ラヂオで聴いたものが全て。アイヌに纏わる物語ということは、もちろん今回初めて知った。
記憶というのは、案外当てにならないものですね。
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