昨日の続きになるが、karaokeVCD/DVDには当たり外れがある。曲のイメージを著しく傷つける酷い映像もあって、外れた場合にはディスクを即刻叩き割りたくなるほど腹立たしい。むしろ、映像などない方がどれほど有り難いと思ったことか。昔の歌ほどこの傾向が強い。
レコードやカセットテープ時代の音楽業界は、ただ“聴かせる”ことだけに専念していたのであろう。ところがその後、映像分野が発達してくると、“見せる”要素まで欲張った。確かに聴く側も、映像があるに越したことはない。しかしそれは、曲と映像が巧く適合している場合であって、映像付なら何でも有り難がる映像マニアとはわけが違う。
なぜ昔の歌にミスマッチ映像が多いのか。想像するにその昔、歌が世に出たとき、音楽は“聴かせる”もので“見せる”ものではない、と誰もが考えていたろう。従って、曲に合わせた映像(いわゆる“MV”)自体が存在しない。仮にあったとしても、放送局歌謡番組のビデオテープが残されているか、端から“見せる”ために作られた音楽映画ぐらい。
つまり、昔の歌に映像を期待するほうが間違い、ということ。私とて、ようやく悟ったわけですから、あまり大きな顔して言えませんけどね。
そんな失敗例に、プムプァンさんの《アイ・セン・ネオン》という曲がある。夜の歓楽街に身をやつした女の切なさ・やるせなさを歌う。常に明るいタイ人の作品とは思えないほど、日本人好み(自分だけかも)の物悲しさが全体を覆い尽くす佳曲。
☆ อายแสงนีออน(恥じらいネオン) by พุ่มพวง ดวงจันทร์ ☆
買ったkaraokeVCD盤は、画面に齧り付いて見つめるわたくしに向かって、終始笑顔をふりまく媚びた美女(プンプアンさんではない)が登場する。この曲にですよ。美女を責めてるわけではない。どうせ後年になって、手頃な映像を被せたのであろうが、制作者にはもっと曲のイメージを考えろ、と言ってやりたい。損得勘定が先にたって、映像付を買い求めた浅はかな自分もバカである。
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