☆ 芸は身を滅ぼす
藝は身を助くると云ふは、他方の侍の事なり。御當家の侍は、藝は身を亡ぼすなり。何にても一藝これある者は藝者なり、侍にあらず。何某は侍なりとひはるる樣に心懸くべき事なり。少しにても藝能あれば侍の害になる事と得心したる時、諸藝共に用に立つなり。この當り心得べき事なり。
【 訳 】
芸は身を助けるというが、それは他藩の侍の事である。御当家の侍にとっては、芸は身を滅ぼす基だ。何事でも、一芸に堪能な者は、技芸者であって侍ではない。何某は侍であるといわれるように心掛けるべきで、少しでも技芸のあるのは、侍にとって害になるものだと知った時、初めて諸芸が役立つようになるのだ。この点を十分承知しておく必要がある。
古来、先人たちは、「芸は身を助ける」「一芸に秀でる」等を是としてきたと思い込んで疑わなかっただけに、この教えは意外でした。
しかし、「葉隠」は“逆説の書”といわれることからすると、背景として、こうした(「芸は身を助ける」という)風潮が武家社会にまで蔓延していたであろうことが想像されます。
得意の辞書で確かめてみたところ、
芸は身を助ける
一芸にすぐれていると、困窮したときにそれが生計の助けになる。
となっており、あくまで市井の人々(庶民)の生計に係わる諺であろうことがわかりました。
すなはち、侍にとっての本分は主君(御家)に奉公を尽くす事であり、芸能を身につける事は、教養としての副次的要素に過ぎないのだから、そんなことに執着せず、武士の中の武士といわれるように、その本分にこそ心を砕け、という教えではないでしょうか。
因みに、この項に関する三島由紀夫の説明はありません。
ありがとうございました。
コメント