■ 第十五課 慥(タシカ)ナ保證
或ル商店デ、新聞紙ニ店員入用ノ廣告ヲ出シタ。志望者ハ五十人バカリモ來タガ、主人ハ、其ノ中デ、一人ノ青年ヲ雇ヒ入レルコトニキメタ。
或ル人ガ主人ニ向ツテ、外ニ知名ノ人ノ手紙ヲ持ツテ來タ者モ大勢アツタノニ、ドウイフ御見込デ、アノ青年ヲ御用ヒナツタノデスカト尋ネタ。
主人ハ答ヘテ、
「アレガ此ノ室ニハイル前、先ヅ着物ノホコリヲ拂ヒ、
ハイツテカラハ、静カニ後ノ戸ヲシメマシタ。キレイズ
キデ、愼ミ深イコトハ、ソレデヨク分リマシタ。談話
最中、一人ノ老人ガハイツテ來マシタガ、直グニ立ツテ、
椅子ヲ譲リマシタ。人ニ親切ナコトハ、是レデモ知レル
ト思ヒマシタ。挨拶ヲシテモ丁寧デ、少シモ生意氣ナ風
ガナク、何ヲ聞イテモ、一々明白ニ答ヘテ、シカモ餘計
ナコトヲ言ヒマセン。ハキハキシテ居テ、禮儀・作法ヲ
ワキマヘテ居ルコトモ、ソレデスツカリ分カリマシタ。
私ハワザト一巻ノ書物ヲ、床ノ上ニ投ゲテ置キマシタ。
他ノ者ハ少シモ氣ガ付カナイデ、中ニハソレヲ踏ンダ者
モアリマシタガ、アノ青年ハ、ハイルト直グニ、書物ヲ
取リ上ゲテ、てーぶるノ上ニ置キマシタ。ソレデ注意深
イ男トイフコトヲ知リマシタ。
人ガ大勢込ミ合ツテ居ル中デ、少シモ人ニ先ンジヨウト
ハセズ、静カニ自分ノ順番ヲ待ツテ居マシタ。アレノ温
順ナコトヲヨク現ハシテ居マス。又、着物ハ粗末ナガラ、
サツパリシタモノヲ着テ、齒モヨク磨イテ居マシタ。又、
字ヲ書ク時ニ、指先ヲ見ルト、爪ヲ短ク切ツテ、爪垢ナ
ドタメテ居マセンデシタ。爪ノ先ハミンナマツ黑ニナツ
テ居マシタ。
カウイフヤウナ、色々ナ善イ性質ヲモツテ居ルコトヲヨク
見定メマシタ上、尚ホ平生ノ行ヲシラベテ、雇フコトニ致
シマシタ。立派ナ人ノ手紙ヨリモ、何ヨリモ、本人ノ行ガ
慥ナ保證デス。」
ト言ツタ。
・ 練 習
一、主人ハ、ドウシテ青年ガ愼ミ深クテ、親切デアルコトヲ知リマシタカ。
二、此ノ青年ハ挨拶ヲスル時ドンナデシタカ。
三、主人ハ、ドウシテ此ノ青年ガ注意深クテ、温順デアルコトヲ知リマシタカ。
四、此ノ青年ハ齒ヤ爪ヲドンナニシテ居マシタカ。
五、主人ガ青年ヲ雇ツタワケヲオ話シナサイ。
「教育勅語」や「修身書」が根付いていた戦前らしい話ですね。今にして思えば、自分が就職した頃(昭和45年)も、こうした「人物本位」の採用が行われていた気がします。もちろん、学力試験もありましたが、必ずしも機械的に成績上位者を採るとは限らなかったように思います。縁故採用というのも結構ありました。いわゆるコネです。でも、それを不当だとは誰も思わない時代でもありました。
人事担当の経験がないので何とも言えませんが、教員採用をめぐる大分縣汚職事件を見ていると、「学力」がすべてといった印象を持ちます。時代の流れか、それとも「官」と「民」では、昔から採用方針が大きく違っていたのか。
もし前者とすれば、「終身雇用制」「年功序列型賃金体系」「現場主義」といった伝統的雇用制度の根幹が破壊されたことと無縁ではないでしょう。日本には日本に合ったやり方があるのに。歴史も伝統も違う欧米に何事も合わせる必要などまったくないと思います。
ありがとうございました。
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