前稿で王位簒奪者第7代朝鮮国王世祖(1417-1468年)の引き合いに、皇位簒奪未遂者弓削道鏡(700-772年)を持出した。時代が時代だけに。道鏡がドラマに登場することはまずない。私奴が勝手に決めた我国三大悪役(?)の片割れとは、「本能寺の変」の明智光秀と「赤穂事件」の吉良上野介義央のお二方。彼の演者は、前者が佐藤慶で後者が月形龍之介か滝沢修でなくてはならぬ。
なぜ、こんな固定観念に至ったかと思い起こせば、いずれもNHK大河ドラマ初期の第三作『太閤記』(吉川英治原作/入野義朗音楽;昭和40年)・第二作『赤穂浪士』(大佛次郎原作/芥川也寸志音楽;昭和39年)の配役に他ならない。げに恐ろしきはテレビ・映画の影響力である。「NHK大河ドラマ」とは後年のネーミングで、当時は「大型時代劇」と呼ばれていたように思う。栄えある第一作は井伊直弼(尾上松緑)が主人公の『花の生涯』(舟橋聖一原作/冨田勲音楽;昭和38年)であった。第八作『樅ノ木は残った』(山本周五郎原作/依田光正音楽;昭和45年)辺りまで殆ど欠かさず視ていた憶えがある。
まだ学生だったから出来たわけで、現に第九作『春の坂道』(山岡荘八原作/間宮芳生音楽;昭和46年)以降、最新五十六作目まで全く視た記憶がない。唯一の例外は第廿九作『太平記』(吉川英治原作/三枝成彰音楽:平成3年)。営業より本社勤務へ配転になり、休日出勤や夜討ち朝駆けの残業から解放されたためである。足利尊氏役真田広之、直義役高嶋政伸、高師直役柄本明、佐々木道誉役陣内孝則、楠木正成役武田鉄矢らの演技が未だ瞼に焼き付いている。
想えば当時の時代劇には珍しく、フィルムでなくビデオ撮り主体だった気がする。ハンディカメラなどまだ無い時代、中継移動車はあったものの据置型カメラを気軽に屋外へ持出すなど不可能に近かった。同じビデオ撮りの『三匹の侍』(フジ;昭和38年~昭和43年)もそうだが、ロケが難しいため、勢いスタジオセット内での撮影が多くなる。ゆゑに、雪や雨などの自然現象を人工で賄わねばならないから、どうしても“舞台裏”が透けて見えて不自然かつ【ちゃち】に映ってしまう。これがフィルム(映画)とは違うテレビの限界といってしまえばそれまでだが、それはそれで制作者側にも苦心があって、野外ロケ用にフィルムが併用されだしたとか。
放送開始以来、既に半世紀(50年)以上を経た「大河ドラマ」は、単なる長寿番組の一つに留まらず、我国テレビ時代劇の変遷を知るうえで今や貴重な史料(「資料」でなく)になっている。とはいえ、前述の如く実際には初期の作品群しか視てないので、時代とともにどう変わったかを述べるだけの考察まで持ち合わせていない。拠って、初期(昭和45年頃まで)限定の論評であることをご理解願いたい。
比較の対象は韓流時代劇。但し、約四半世紀(25年)以上も比較時期のズレがある。要するに、昔(1970年頃まで)の韓流ドラマに興味などなかったし、第一ブーム以前だから我国で韓流ドラマが放送されるはずもなく、知る由もなかったのである。つまり、昔の我国テレビ時代劇と今の韓流時代劇を比較しようというのだから、無理が生じるは百も承知のうえながら、敢えて試みてみたい。
1.出典(原著、史料など)の有無、史実(定説)との差異
◇ 概ね出典が明らかで、史実でなくとも出典を逸脱せぬ常識的な作風
◆ 出典不明かつ諸説を切り貼りしたような粗悪創作劇が多く、史実性など論外
2.主人公の属性
◇ 歴史教科書に載っている実在人物の伝記物語が多い
◆ 支配層(王侯貴族)に生まれながら故あって下層民として育ち、
やがて天下人(国王乃至最高権力者)となる立身出世物語が多い
3.皇族・公家(王侯・貴族)の取り扱い
◇ 公家ならともかく、実在した天皇・皇族が登場することは殆どない
◆ 実在・架空を問わず王侯貴族を中心に物語が展開し、常に民衆はカヤの外
4.その他・特記事項
◇ 今日のNHKとはまるで正反対、伝統墨守の保守的ドラマとしか思えない
全知全能型人間など登場せず、十七條憲法以来の誰もが失敗もする普通の人
◆ 主人公や頂点に立つ人物は完全無欠の“超人”であるかのよう
【我田引水】が酷い、さすがは「ウリナラ(俺らが国)」である
正邪・善悪の黒白がはっきりしており、主人公側の行為は
【欺し】【盗み】【人殺し】【ウソ・偽り】等であっても正当化される怪
愉快なのが名物【火病】、憤懣やるかたなく御膳をひっくり返すシーンは見もの
凡例;◇・・・大河ドラマ ◆・・・韓流時代劇
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