テレビが普及する以前は、映画と野球が娯楽の王者だった。映画の封切りもプロ野球の試合も[興業]と唱っていた時代の話である。邦画五社(松竹、東宝、日活、大映、東映)のうち、松竹ロビンス(現DeNA)、大映スターズ(現ロッテ)、東映フライヤーズ(現日本ハム)というプロ野球球団が傘下にあった。映画とプロ野球は、そうした相関関係に成り立っていたのだ。現に、東映フライヤーズの選手だった八名信夫・寺島達夫らは、現役引退後に俳優へ転身している。
テレビに王座を奪われ始める昭和35年頃までの映画界は、音楽分野でも有名無名を問わずクラシック音楽家に作曲を依頼し、多くがアマ・プロ混合の臨時雇用なれど専属オーケストラさえ抱えていた。昔の映画が立派に見えるのも、劇中音楽と無縁ではない。クラシック作曲家や演奏家にとっての映画音楽は、食うための謂わば「内職」「副業」に過ぎなかったろうけれど、だからといって手を抜こうはずもあるまい。
伊福部昭もそのうちの一人。『ゴジラ』などの怪獣映画ですっかりお馴染みだが、本職がクラシック作曲家であることはあまり知られていない。本業(?)に有名曲がないからに他ならない。しかし、科学空想映画などに度々使われる「行進曲」は、『古典風軍楽「吉志舞」』から転用されている。映画に親しんだ人なら、この「怪獣行進曲」をクラシック音楽に流用したかのように錯覚しがちだが、実はあべこべなのだ。この『吉志舞』、音量で威圧する西洋式軍楽と異なり、颯爽として潔い心を映し出すかのような、我国伝統の軍楽書式に則っているところが面白い。
伊福部昭が関わった作品のうち所有している映画は下記のとおり。
・銀嶺の果て(昭和22年;東宝;谷口千吉監督;三船敏郎主演)
・黒馬の團七(昭和23年;新東宝;稲垣浩監督;大河内傳次郎主演)
・静かなる決闘(昭和24年;大映;黒澤明監督;三船敏郎主演)
・原爆の子(昭和27年;北星;新藤兼人監督;乙羽信子主演)
・暴力(昭和27年;東映;吉村公三郎監督;日高澄子主演)
・ゴジラ(昭和29年;東宝;本多猪四郎監督;志村喬主演)
・若い人たち(昭和29年;新東宝;吉村公三郎監督;乙羽信子主演)
・美女と海龍(昭和30年;東映;吉村公三郎監督;河原崎長十郎主演)
・ビルマの竪琴(昭和31年;日活;市川崑監督;三国連太郎主演)
・空の大怪獣ラドン(昭和31年;東宝;本多猪四郎監督;佐原健二主演)
・地球防衛軍(昭和32年;東宝;本多猪四郎;佐原健二主演)
・日本誕生(昭和34年:東宝:稲垣浩監督;三船敏郎主演)
・親鸞(昭和35年;東映;田坂具隆監督;中村錦之助主演)
・宮本武蔵(昭和36年:東映;内田吐夢監督;中村錦之助主演)
・反逆児(昭和36年:東映;伊藤大輔監督;中村錦之助主演)
・座頭市物語(昭和37年;大映;三隅研次監督;勝新太郎主演)
・キングコング対ゴジラ(昭和37年;東宝;本多猪四郎;高島忠夫主演)
・忠臣蔵(昭和37年;東宝;稲垣浩監督;松本幸四郎主演)
・わんぱく王子の大蛇退治(昭和38年;東映;アニメ)
・モスラ対ゴジラ(昭和39年;東宝;本多猪四郎監督;宝田明主演)
・眠狂四郎多情剣(昭和41年;大映;井上昭監督;市川雷蔵主演)
・眠狂四郎無頼剣(昭和41年;大映;三隅研次監督;市川雷蔵主演)
・大魔神逆襲(昭和41年;大映;森一生監督;二宮秀樹主演)
作風を知るのに格好の動画(と言っても映像はなくサントラ音声のみ)がある。
伊福部昭映画音楽120選
懐かしいなぁ『ジャコ萬と鐵』。福岡市内の映画館で観たのは小一(昭和29年)の頃だったろうか。暖房が効いておらず寒くて堪らないうえ、子供には難しくて退屈な映画でしかなかった。ただ、三船敏郎(鐵)と月形龍之介(ジャコ萬)が出演していたことだけは、なぜかよく憶えている。
決然とした「怪獣マーチ」なんかも悪くないが、どちらかと言えば『佐久間ダム第二部』『白鳥物語』『遭難谷川岳の記録』などの教育・記録映画、『七色の花』『原爆の子』『足摺岬』『ビルマの竪琴』『コタンの口笛』『日本誕生』『続親鸞』『釈迦』『ちいさこべ』『帝銀事件死刑囚』といった歴史・文芸・社会派映画に使われるスローテンポ曲のほうが好きだなぁ。聴いてるだけで泣けてくる。つまり、日本古来の「浪花節的(泣かせる)」音階になっている証拠なわけ。
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