最近、ヒマをみつけて(といっても、いつもヒマだが)旧いレコードを聴いている。例の音聴箱(おとぎばこ)GP-S30である。日本のオーディオメーカー城下(しろした)工業製ヘッドホンSW-HP10を使用すると、LP盤にも拘わらず、SP盤のようなスクラッチノイズ(針音)が盛大に入ってくる。アナログレコードは、昔からこんなだったかなぁ。
尤も、昔はスピーカーで聴いていたわけだし、耳に近いか遠いかの違いかもしれない。そう思い返し、PC用アクティブスピーカーONKYO GX-70HDを通して聴いてみたところ、針音は見事に聞こえなくなった。まぁ、これが正規のレコード鑑賞法なのだろう。そもそも、昔はヘッドホンなんてなかった。というより、あっても録音業務用で一般家庭にまで普及してなかったように思う。
さて、所蔵レコードを整理していて意外なことに気がついた。ドーナツ盤を除けば、12吋(10吋)LP盤のほとんどがクラシック(古典音楽)ばかり。クラシック音楽に興味を抱いたのは中一時分(昭和35年)である。世がデジタル(CD)時代に入る昭和50年代前半までしかレコードの購入歴はない。単に数量だけみれば、購買力が増した時期に買ったCDのほうが、五倍以上になる。反面、レコードは分不相応に大曲・組物が多い。親の脛を囓っていたクセに、何処で工面したのだろう。
それはともかく、クラシックでは三大B(バッハ、ベートーベン、ブラームス)+ブルックナーが昔から大好きである-と思い込んでいた。ところがブルックナーのレコードは、たったの一枚(註;実際は二枚組だが)だけ。ブラームスも同じく一枚のみ。その両方が、今や見向きもしないカラヤン盤であるところが面白い。
想い起こせば、教育実習で母校(高校)に在りし頃(昭和44年)、クラシック好きの先生方が幾人かおられた。在校時から何かにつけてストコフスキーを授業に持ち出す先生もあったが、別の先生宅に麻雀で誘われた際、《ブラームスの室内楽が最高》などという会話を聞き、何処がいいのかさっぱりわからなかった。当時21歳、ブラームスの好さを理解するには、まだまだ若過ぎた。
ブルックナーの場合、手許にある唯一のレコード『交響曲第八番;カラヤン指揮ベルリンフィル(東芝AA7033~4)』は昭和39年4月新譜だから、その頃(高二時)に買ったはず。きっかけは、NHK-FMでこれを聴き、何とも言えない魅力に取り憑かれてしまった次第。けれども、独墺ならいざ知らず極東の島国日本に於いては当時、ブルックナーなんてまったく無名に近い作曲家に過ぎなかった。事実、翌年(昭和40年)正月の『作曲家別レコード総目録』(『レコード藝術』付録)に拠ると、この盤の外には有名なクナッパーツブッシュ/ミュンヘンフィル盤(昭和39年6月新譜)しか載っていない。
今ではクナ盤をはじめ、シューリヒト盤など数種のCDをも所有しているが、カラヤン盤レコードを数十年ぶりに聴き直してみた。結果、これがきっかけだったからこそ、ブルックナー好きになれたように思う。妙な表現だが、それほどブルックナーの本質からは遠い演奏である。
つまり、耳に心地よい「美音」を重ねるだけで、もはやクラシックというより、ポピュラー(大衆)音楽に近い。芸術性には目もくれず、聴衆に束の間の愉悦をもたらすエンターテーメント(娯楽)性にのみ徹しているからだろう。カラヤンの功績は、まさにこの一点にある。一部好事家だけが専有していたクラシック音楽の裾野を、私奴たち大衆レベルまで拡げた功績である。
予想に反して、ベルリンフィルの音色が明るく軽やかに響く。名にし負うバリバリの名門独墺系オーケストラでありながら、特有の粘っこさがあまり感じられない。このカラヤン盤ライナーノーツ(解説)は、懐かしき門馬直美氏が書かれてある。ただし、“ブルックナー”と“第八”に関してだけで、なぜか演奏には一言も触れられていない。
ブルックナーの作曲家としての価値は、ドイツやオーストリアでは、はやくから認められていたが、その他の国々では、やっと最近になって、いくらか認識されるようになってきたといってもよい。それほど、ブルックナーの音楽は、ゲルマン的なのである。
なるほど、門馬氏の記述を裏返すと、カラヤン盤はゲルマン的でないわけだ。先述(ブラームス)の話ではないが、あの頃はまだ若かった。当時からのクナファンではあるものの、最初がクナ盤だったら、果たしてブルックナー好きになっていたかどうか、甚だ疑わしい。
ところでネットを徘徊していたら、カイルベルト/N響『ブルックナー第七』(昭和43年5月ライブ録音)を発見。この曲がとりわけ好きで数種のCDを持っている。が、どれも“帯に短し襷に長し”。長らくシューリヒト/ベルリンフィル(1944年録音)盤を愛聴していたが、なにぶんにも戦中録音ゆゑ、モノラルかつ音が冴えない。そこへいくと、ステレオかつ録音も良いこれが私奴のベスト盤となった。
Bruckner Symphony #7
by カイルベルト指揮NHK交響楽団(1968年ライブ)
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