■ 第二十課 塙保己一(はなは-ほきいち)
世にはあきめくらとて、目は見えながら、文字の讀めざる者あり。又、文字は讀めても、多くの書物を讀み、博く知識を得たる者は少なし。然るに目の見えずして、大學者となりし人あり。塙保己一是なり。
保己一は五歳の時盲となりしが、深く學問を好み、人に書物を讀ましめ、一心に之を聞きて勉強したり。記憶力強く、一たび聞きたることは、決して忘れざるほどなりしかば、遂に名高き學者となり、非常に多くの書物を著はせり。保己一の家は、今の東京、其の頃の江戸の番町にありき。多くの弟子保己一に就きて學びしかば、時の人
「番町で目あき、目くらに物をきき。」
といひたりといふ。
或る夜、弟子を集めて書物の講義をせし時、風俄かに吹き、來りて、ともしび消えたり。保己一は、それとも知らず、講義を續けたれば、弟子どもは
「先生、少しお待ち下さい。今、風であかりが消えました。」
といふ。保己一は笑ひて、
「さてさて、目あきといふものは不自由なものだ。」
といひたりとぞ。
・ 練 習
一、左の文を口語體に改めてごらんなさい。
(イ)塙保己一は盲人なりしも、世にら珍らしき大學者となれり。
(ロ)保己一は自ら書物を讀む能はざれしも、人に讀ませて之を
聞き、よく記憶して忘れざりき。
二、保己一が書物の講義をした時のことをお話しなさい。
三、はたらく詞は、普通に其のはたらく部分を送り假名とするものです。
讀まず 學びて 好む 行けば 等
四、稀にははたらかぬ部分にも、讀みやすいやうに、送り假名をつけることがあります。
表(あら)はす…表(へう)す 滅(ほろ)ぼす…滅(めつ)す
出(い)だす…出(だ)す 等
五、はたらかぬ詞にも、讀みやすいやうに、送り假名をつけることがあります。
且つ 甚だ 若し 能く 直ぐに 直ちに 等
盲人塙保己一の逸話。子どもの頃から名前は聞いていましたが、それ以上のことは知りませんでした。今回、調べてみたら、晩年の賀茂真淵に師事した學者だったのですね。
どうでもいいことですが、今日この時まで「塙保」という姓の人だとばかり思い込んでいました。まことにお恥ずかしい限りであります。保木野村(埼玉県本庄市)に生まれたことから「保木野一」だった名を「保己一」と改めたらしいです。
調べる中に雨富須賀一検校という人が出てきました。「けんこう」って何だろうと思ったら、「けんぎょう」と読むのでした。
けんげう 【 検 校 】
1 物事を調べただすこと。また、その職。
2 社寺で、事務を監督する職。
また、一寺の上位者で衆僧を監督する者。
3 荘園の役人の一。平安・鎌倉時代に置かれた。
4 室町時代以降、盲人に与えられた最高の官名。
専用の頭巾・衣服・杖などの所持が許された。建業。
この場合、4なのでしょうね。勉強になります。
それにしても、目の見えない人を可哀想な境遇と思いがちですが、それはあくまで健常者側の勝手な見方であり、生まれながらに目の見えない人にとっては、目が見える状態を知らないので、案外、不自由でも何でもないのかもしれません。
灯りがあろうがなかろうが、意に介さず済むのですから。
ありがとうございました。
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