■ 第二十三課 都會と田舎
或る田舎に相應に暮して居る農家がありました。主人は金元培といって、信用もあり、評判もよい人でありました。
其の長男の鎭世というのは、近頃、普通學校を卒業したものですが、
「田舎に居て、百姓などするのはつまらぬ。ぜひ都會に出て、
何か商賣を始めたい。都會に行きさえすれば、よい仕事があ
るにちがいない。都會に居れば、珍らしいものも見られるし、
面白いめにも逢うことが出來て、どんなにか愉快であろう」。
と思い込んで、或る日、父母に一言の斷もなく、家を飛び出して平壤に居る伯父の金一培を尋ねて行きました。
金一培は或る商店の主人であります。鎭世から委しい話を聞いて、非常に驚きまして、次の樣に、其の不心得なことを言って聞かせました。
「世の中には、都會ばかりをよいものとして、田舎を全く
つまらぬものと思う人がないでもないが、これは大變間違
った考である。都會は賑やか、便利であるから、之を羨む
のも、無理ではない。しかし長く住んでみると、都會の生
活には苦勞が多く、不愉快なことが少なくない。物價が高い
ばかりでなく、色々、費用も多くかヽる。商賣をするにも、
資本が澤山いるし、大きくやって居る店でも、ほんとうに利
益のあるうちは、割合に少ないものだ。たヾわけもなく、田
舎はいやだ、百姓はきらいだといって、都會に出て來ても仕
方がない。
田舎は都會にくらべると、よほど暮しよくて、人々が親切で
ある。其の上、山水の美しいこと、空氣の新鮮なことなどは、
とても都會では得られぬことである。田舎でも、お前がたの
する事業は澤山ある。なれぬ都會に出て、先祖の蓄えられた
財産をつかってしまって、何の得るところもなく、却って惡
い風に染むようなことがあっては、後悔しても及ばない。
お前は常に品行に注意し、家業に精出して、父上が作られた
財産を殖し、家の幸福を進め、村の繁昌をはかるようにする
がよい。それがお前のためであり、又お國のためである。わ
たしが父上におわびをしてやるから、直ぐ歸れ」。
鎭世は伯父にわびをしてもらって、家に歸りました。
それから十數年たって、鎭世が家長となった頃には、村内第一の富有な農家となって、村民に尊敬されました。是れ全く、伯父に言い聞かされたことを、よく守ったからであります。
・ 練 習
一、金鎭世はなぜ家を飛び出したのですか。
ニ、伯父は、鎭世に、どんなことを言って聞かせましたか。
三、皆さんは、伯父の言ったことについて、どう思いますか。
伯父 父母ノ兄弟ヲオジ(伯父・叔父)トイイ、其ノ姉妹ヲオバ(伯母・叔母)トイイマス。
若者は都会に憧れる。何時の世も同じなんですね。この伯父さんの仰ることに今でこそ得心がいきますが、自分も若かりし頃は、金鎭世と同じ気持ちでした。東京で暮らし始めてかれこれ三十年以上になりますが、都会に住むことによって、ようやく田舎の良さに気づくのですね。まあ、この逆も真なりなのかもしれませんけど。
ところで、何かとタイ国へ旅行しておりますが、バンコクは東京と同じで好かず、チェンマイ、それも田舎のほうへ出かけるのは、子供時代に見かけた「人情」を感じるからです。自分の「田舎」はもう「都会」になってしまい、見ることができません。
人間とは、つくづく勝手な生き物だと思います。
ありがとうございました。
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