昭和四十五年に社会人となってから、ずっと独り暮らしで、今日明日のことしか考えず、先ばかりを見つめて生きてきました。平成十年に父を亡くし、この時、写真・日記等の自分の物は、実家の押入れから拙宅に移しました。不思議ですねえ。約三十年ぶりに就学時の己を見ていると、何だか他人みたいで、現在の自分と結びつかないんです。
ところが、大分縣護國神社で撮った小四時の学級集合写真をじっと見つめていたら、写真の中の自分に吸い込まれるように、この日の出来事が次々と甦り、生まれたときから(当時の)現在までが繋がりました。
いま、「中学卒業アルバム」(昭和三十七年度)を眺めています。中三の夏休みに転校したので、二冊のアルバムがあります。大分と千葉のものです。ともに「寄せ書き」が載っています。当時の中学生の「座右の銘」等がわかって興味深いです。
さてさて、自分はどんなことを書いたかな。あれ~~~~っ、字がへたくそ(恥)。パソコンさん、己の欠点を隠してくれてありがとう。
人を疑うまえに自分を疑え!!(大分)
???(千葉)・・・名前だけしか書いてなかった。(赤面)
気がついたものをいくつか拾ってみましょう。まずは大分。
心は丸く、気は長く、人は大きく、己は小さく(先生♂)
注)これを字体で表現してある。受け持ちは「体育科」
いつも楽しく(♂)
注)仲良し友達。東京で消防士になり、後も幾度か会っている。
少女よ、いもを食え(♀)
注)え~っ!?高卒後すぐ結婚し、栄えある奥様第一号。
我が友よさらば(♂)
注)小四からの刎頚の友。彼も大分で消防士をしている。
今日一日を大切に(♀)
注)大分での小四からの連れ合い(?)。今頃どうしているのかな。
続いて千葉のほうへまいります。
前進(先生♂)
注)力強い筆運び。達筆です。受け持ちは「数学科」。故人。
必勝(♂)
注)野球部員。確か千葉商だったかに進学したはず。
思い出の中学生活(♀)
注)学級副委員長(副級長)。頭が良く、冗談もお上手。
忘れないさ○中(学)を(♂)
注)専門学校を経て理髪師に。何度か散髪してもらった。
若い奴なら夢をみる(♀)
注)この中学での連れ合い(?)。ケラケラ笑う。のち美容師。
あくまで主観ですが、大分のほうがおおらかで、千葉は現実的な気がします。それに、千葉では何事にも女性優位の印象でした。それにしても、「思い出写真」っていいですね。卒業以来、一部の親しい友人を除いて会っていないので、みんな中学生のまま大人にならないんです。自分だけ歳取ったみたい。
会社で教育担当をしていた頃、同期生を教えたことがあります。履歴書で同じ中学校とわかったのですが、姓が違うのでまさか同期生とも思いませんでした。しかも、あまりの豹変ぶりに・・・。良くも悪くも女性は化けます。くわばら、くわばら。
2007年4月15日(日)の記事
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